■終わってしまいましたなぁ…大河ドラマ「義経」…。大河ドラマって途中で飽きてきて、最終話までチェックすることってなかったんだけれど、これは、放送開始から一話も取りこぼさずに観ました。初体験です。前々回安宅関で石橋蓮司さん演じる所の富樫、前回平泉で高橋秀樹さん演じる所の御館(藤原秀衡)の名演がこれでもかと光り輝いた後、最終回どうくるかな?と楽しみにしておりました。
■渡辺いっけいさんの藤原泰衡、偉大すぎる父を持ってしまった凡人の悲哀と狂気が溢れていましたねぇ…これもまた名演。九郎殿の御家来衆の散り様はよかったね!特にうじきつよしさん演ずる所の駿河次郎は激しくて壮絶で「らしい」なと思った。胸に来た。で、九郎殿…最期の最期まで爽やかで美しい九郎殿。こういうのもアリかなと思った。弁慶は…途中一瞬人形にすりかわったのがわかっちゃったからなぁ…。さすが叡山で修行しただけのことはある、よもや「空蝉の術」の使い手であったとは…武蔵坊、侮り難し。
■でもね、でもね…驚きましたよ。九郎殿の中身に臨界直前の核燃料があんなにたくさん詰まっていて、更に本性が「馬」だったとは…!!何なんだ、あの盛大なチェレンコフ・エフェクツは…!?持仏堂の屋根を突き破り、擬宝珠を吹っ飛ばすほどの破壊力…さてはプルトニウムがぎっしり詰まった茶釜「平蜘蛛」を密かに隠し持っておられたか!?九郎殿はメルトダウンしてしまったのか…しかも、上空で馬に変身…?わ…わからぬ…(悩)。馬が出てきてもいいけどさぁ…もっと「すうぅぅっ」…と…煙が立ち昇るように現れてほしかったなぁ…。だったらまだ納得できる。しかし、現実は「どかーん!!」だもんなぁ…。更に、九郎殿自刃後の残りの15分間は不要のような気が…。泰衡殿の「九郎殿ぉーー!!お許しくだされぇーーー!!(号泣)」の余韻を引きつつ、鎌倉の頼朝が、ガバッと起き上がって北の空を見上げて、ぼそっと「九郎…?」…「完」でよかったような…。
■それなのに、それなのに…ラスト、よりにもよって何故「うつぼ」…?まだ、「静御前」の方がよかった。っちゅーか、「光の柱が…(奇談ですか?)」ってあんた、九郎殿の屋敷を出た後、平泉のどこであの「どかーん!!」を見とったんかいっ!?オリジナルキャラクターがこんなに幅を利かせていいのかえ?ずっと思っていたけれど、京の市井の人たちが、みんな京言葉なのに、何故うつぼだけ標準の現代口語?身分の高い人に敬語も使えないし(市井の者で九郎殿に向かってタメ口きいていいのは五足と烏丸と朱雀の翁だけだと思う)…。中の人には何の恨みもないが、うつぼは放送開始以来始終目障りでしょうがなかった。
■このシリーズ通して、なんか妙な演出が目に付きません?五条大橋の桜、鶴岡八幡の楓、駿河次郎被斬の野菊の花弁はまだいいとして、鬼一法眼(三輪明宏)従えるムササビ軍団、福原から近江まで飛んだ蛍、屋島の那須与一の扇の的のシーン、鞆ノ浦のカモメ、壇ノ浦の金粉、安徳天皇と守貞親王のすり替え、大物浦の知盛様亡霊登場シーン…etc.そして、最後に「どかーん!」…すごく妙だった。普通にやってほしいなと思うこと度々。そもそも、牛若が幼少のみぎり平家一門の坊ちゃん方と一緒に真の兄弟のように仲良く過ごしていた…っていう設定もスゴいなぁと…。あたしゃその時代のこと実際見たわけではないけれど「この大河はファンタジーだな。」と思わざるを得なかったなぁ…ファンタジーとして楽しんで観たから一年通して観られたのかな。鵜呑みにするなよー…。
■大輪田泊の屏風は、実にしぶとかったですね。元は大相国様(平清盛)の持ち物、その後一条長成、金売り吉次と渡り歩いて、九郎殿の下へ、そして幻影とはいえ九郎殿の最期を見届ける羽目になるとは…。九郎殿が殊更「新しき国、新しき国」と繰り返していらっしゃったが…この物語のすべての悲劇の引き金はこの屏風かっ!?呪いがかかっていたんだろうな、きっと…。
■九郎殿自刃に際し、今までの戦とか思い出深い出来事が回想シーンとして走馬灯のように入るのかな?と期待しておりましたが…なかったっすね。ちっ…。どかーん!よりはよかったんじゃないかと思ったが…。回想でも平家御一門の皆々様に今一度お目もじ叶えばと思うておりましたが…総集編までのお楽しみか…。
■とにもかくにも、本編終わってしまいました…。一年間大変お疲れ様でした。なんだかんだで楽しく観られたからよかった。最終回「どかーん!!」で爆笑させられるとは夢にも思うておりませなんだがな。因みに、年内の「義経」関係のスケジュールは、地上波総合で、
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