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Art and Landscape

Seeking New Paradigm of Landscape Design as an Art Form

昨年訪れたヴェネツィア・アーキテクチャー・ビエンナーレより(以後ヴェネツィアビエンナーレに関する記事はは昨年11月にMixiにUPした日記の転載となります。)

"Towards Paradise Garden"は、コンテンポラリー・アレゴリー(寓話)として、死から生へ、そしてパラダイスへと導かれる道程を描いたものである。
これは11回目を数えるベネツィア建築ビエンナーレに於いてはじめての屋外展示であり、イギリスを拠点とするキャサリン・グスタフソンが彼女特有の美しいアースワークを披露した作品であった。


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最近「パラダイス」という概念について色々と考えていたところだったので、ここに見られる「パラダイス」の解釈、そして空間への表現を興味深く思った。アースマウンドに取り囲まれたスペース-まるで胎内のような-で眠ったらどんな感覚なのだろうと思い、しばらくこのソファが空くのを待っていたのだが、そのうち鼾が聞こえてきたので(笑)、諦めて立ち去った。


"We believe in meaningful landscapes that connect body, mind and soul with a physical and cultural environment. Landscape focused and intensifies the experience of time and place. It is a necessary feature of our built environments as well as an act of social and cultural expression.
Our work is rooted in a specific time and place; it is a careful and inspired consideration of both the spaces and the systems that link us together as cultures, or ecologies on a shared planet."

これはキャサリン・グスタフソンのマニフェストからの一文である。空間に時間という4次元のダイメンションを導入する手法については様々な試みがなされるなかで、ここでは生と死、という大きな時間の概念のなかで魂をカルティベイトする場としてのパラダイスを考えた、という点が興味深い。つまりパラダイスをかたちで捉えずに魂の成長の過程(もしくは終局点?)として表現したということである。

今回の建築ビエンナーレでは環境的なアプローチが目立ち、これに続いてここでは主にそうしたアプローチにフォーカスを当ててみたいと思うが、キャサリン・グスタフソンのランドスケープは逆に建築的、彫刻的なアプローチであったと言えるかもしれない。今後ますます2者のクロス・ボーダーがすすんでいく、というよりは境界が取り払われていくのかもしれない、という予感を抱かされたエクシビションであった。


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Exhibition Title: Towards Paradise Garden
Exhibition Venue: Arsenale
Exhibitor: Gustafson Poter Ltd and Gustafson Guthrie Nichl Ltd


Copyright: Studio Lasso www.studiolasso.co.uk

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最近英国在住の武満ファンが組織するTakemitsu Societyなるものに入会した。この会は武満徹の死後彼の作品や人となりを忍ぶことを目的として設立されたもので、会員はミュージシャンをはじめ様々な職業の人からなる一風変った集まりである。

ロンドンに来て何年かたってから武満徹の音楽を聞いたとき、これは空間でいえば間=Silenceを表現した音楽ではないかと思った。日本の空間が「間」を主役とし、間を饒舌に語らせることを重要と考えるように、武満の音楽はいかに音と音の間の無音の音を響かせるか、深い沈黙の音を奏でるかということのために書かれた音楽であるような気がした。

武満の音楽は実際ヴィジュルイメージを喚起するもので、私も数年前の国際コンペに出展した作品にて武満徹の音楽を空間デザインに翻訳しようと試みたことがある。最近知ったことなのだが、武満のある曲は彼自身日本庭園の「間」を意識し、それをモチーフとして作曲していたらしい。

つい先日のことなのだがタケミツ・ソサエティー会員のイギリス人の作曲家の方から、一緒にミュージック・ガーデンをつくらないか、というお話をいただいた。「ミュージックガーデンというのは、ミュージックなのか、ガーデンなのか?」と聞いたところ、ミュージックによるガーデン、つまりミュージックなのだという返事であった。このコラボレーション・プロジェクトはまだ始まっていないが、武満徹をより深く識る機会となるのではないかと思い、こころ楽しみにしている。

いつの日か武満徹の珠玉の一遍”Rain Tree Sketch”を庭園として描くことは、私にとってはひとつの見果てぬ夢である。


Link to:
BBC World Visionaries -Toru Takemitsu

Copyright: Studio Lasso www.studiolasso.co.uk

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Black Painting in Rothko Chapel

テート・モダンのロスコ展に行ってきた。これはテートモダンの今年の目玉で、いつもアッと思ったときにはマスト・エクシビションを逃してしまう私にしては余裕(でもないか)のセーフ、2月1日までまだ日があるからもう一度行ってこよう。

もともとテート・モダンにはかのシーグラム・コレクションから数点を引き受けたロスコ・ルームがあったのだが、今回世界4箇所に分散した作品を一堂、ではなかったが14点集めての史上初のエクシビションとなった。日本の川村美術館からも数点貸し出され、ロンドンのあと日本に巡回するという噂もある。今回のエクシビションではシーグラム・コレクションを中心にロスコの晩年の作品を集めたため、黒を基調とした作品が多かった。この展覧会のクライマックスは、黒の中の黒を描いた作品ではなかったろうか。漆黒の黒。この吸い込まれそうな黒の大画面の迫力に圧倒されたあとには、他の作品はどれもここに至る習作のように思えた。

ロスコの不思議な絵は、初めて目にしたときから私を捉えて離さないものだが、彼の作品が持つ詩情、崇高な雰囲気は何のためなのか、一見単純な矩形と少ない色から構成されるものであるだけに、誰もがその謎を解き明かしたい衝動に駆られる。
今回のエクシビションカタログで、ロスコの絵のクロス・セクションを発見したときには思わず手を打って喜んでしまった。「さあすが、マニアックイギリス人、やるな~~」というかんじ、拍手喝采。クロス・セクションだけではない。顕微鏡で断面図を解析したのちには、そのレイヤーを構成する成分の全てを表に書き出している。ここまでやるか!日本の文献でここまで技法を徹底的に分析したものは未だかつて見たことがない。

ロスコは顔料も自分で調合していたと言われているが、一見単色に見える色面の奥には多重な顔料の重なりがあり、多層構造となって画面に奥行きと深みを与えている。全てのレイヤー構成と筆の筆致にロスコの意思がこめられているかのようである。ロスコの作品が平面として知覚されにくく、画面に吸い込まれそうな深さと奥行きをかんじさせるのは、画面のレイヤーばかりでなく色彩対比や矩形バランスなどの心理学を多様していたのかもしれない。

ロスコはこの黒のシリーズのあとに行き詰って自殺したといわれているが、果たしてそうだったのだろうか。この黒の中の漆黒の黒、この作品を描いたときには、もう彼は今生で追及したことを極めてしまったのではないかと私は思う。画家として捧げた人生であったなら、そのときが自分で終止符を打つ最高のタイミングであることを彼は知っていたのではないだろうか。



Mark Rothko at Tate Modern–one of the biggest and “must “exhibition of the year; I was strongly impressed by the Pure Black he draw in the Black, I felt that the series of Black painting must be the highlight of this exhibition; gazing at the paintings for a while, I felt like I was absorbed in this black space behind the canvas, and that another previous painting looks like just studies for the master piece.

Rothko’s mysterious painting had strongly struck and caught me when I came across his work long years ago. I am not the exception who wanted to know the secret of the atmosphere of his works; poetic and sublime particularly as they are drawn in simple rectangular form and a few pallets of colours.
I cannot help clapping my hands when I found the cross-section of his paintings in the exhibition catalogue! It is not only showing cross-section, but they have listed up all the ingredients he used on the painting after analysing its section by microscope.

There are various types of layer behind the surface, which gives sense of depth and spread in his works. All the touches he left on the campus must have expressed his intentions. He might take account some psychological effect of colour contrast and ratio of rectangular as his works are hardly perceived as mere surface, showing a certain depth for which we feel like as if we were absorbed into the space.

Rothko is known as committed suicide after drawing up black series, because he stack and get depress of his way of expression, but I personally doubt about this. When he draw up this painting “Black in Black”, he must had reached to the ultimate point he was aiming at in his life, and he must know this was the best timing to finish his life if he devote it all as an artist.



Copyright: Studio Lasso www.studiolasso.co.uk

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