本作品は「チェンソーマン」などの
話題作を手掛ける漫画家、藤本タツキ氏が
2021年「ジャンプ+」に読み切りとして
掲載した「ルックバック」を
スタジオドリアンの押山清高監督が
アニメーション映画として製作した作品
音楽関係で有名な
エイベックス・ピクチャーズが配給を手がけ
58分という尺の長さでも話題になったもの
(画面左がオリジナルストーリーボード、画面右が原作漫画)
今年はSTUDIO F+にとって
自作の映画「香港から来たダイアナ」の
海外映画祭出品ばかりに時間を取られ
他の映画作品を観る時間がほとんど
なかった中で観た1本でした
詳しいあらすじは書きませんが
私にとって映画「ルックバック」は
2024年度のダントツナンバーワンの
映画でした
映画の内容はシンプルで
漫画家を目指す2人の少女の物語では
あるのですが
私個人の思い出、かつて漫画家に
憧れた小学生時代の頃と重なり
泣けて泣けて仕方がなかった
映画の主人公、藤野と京本の二人に
そっくりな境遇の友人を知っていた
からだと思います
藤野の存在は、かつての私のようであり
京本の存在は、一緒に漫画家を目指そうと
した小学校の友人、栗本君と
引きこもりになった友人のS君を
足したような感じだったからです
当然のことながら
原作漫画や映画で起きる悲惨な事件は
私個人の体験ではありませんし
私の二人の友人もそれぞれの人生を
歩んでいます
しかしながら
なぜこの映画に感情移入してしまうのか?
それは
「京本」の純粋な心と
彼女の「絵」に対する真剣な思いでは
なかったかと考えたのです
私が映画の中で10回以上見返したシーンが
2つあります
そのシーンとは
初めて藤野が京本の家を訪れるシーンと
高校を卒業した後に
京本が藤野に芸術大学に進学したいと
告げるシーンです
藤野がいたずら心で書いた4コマ漫画が
思わず京本の部屋の中に入ってしまい
慌てて京本の家から出て帰ろうとすると
後ろから髪の毛ボサボサのはんてん姿で
裸足のまま藤野を呼び止めるシーン
このシーンは
藤本タツキ氏の原作漫画では
京本はサンダルを履いて飛び出している
のですが、映画では裸足のままなのです
これは押山清高監督の
見事な演出だと思います
そして
藤野が京本に「またね」と言って
帰っていく後ろ姿に
雨が降るなか
京本が「またね」と遠くまで
藤野の後ろ姿に向かって手を
いつまでも振り続ける姿が
泣けて泣けて仕方がありません
対人恐怖症となり
小学生の頃から引きこもりになって
しまった京本にとって
憧れていた藤野の「またね」という
一言がどれだけ嬉しかったことだろう
と思えて仕方がないのです
その後に続くシーンでは
藤野が雨の中をスキップしながら
自宅に帰るシーンになるのですが
多くの映画レビューでは
藤野が京本に漫画の賞に応募する
漫画を見たい!と言われ
喜びをからだ全身で表現しているものだ
とする感想が多く見られるのですが
私はそうじゃないと思っています
京本の圧倒的な画力を目にし
漫画を描くことをやめた藤野が
実際に京本と出会い
彼女の純粋無垢な性格と
漫画への情熱に対し
藤野自身が完全に負けてしまった
敗北感と
京本が藤野の事を「先生」とまで
呼んで尊敬しているという
気恥ずかしさが混じった
藤野の複雑な心境を表現したシーンだと
私は思うのです
一般の社会生活ができない京本に対し
藤野は少しだけ優越感を持っては
いるのですが
藤野こそ京本には勝てないという
尊敬の念があったのだと思います
藤野にとって京本は「妹」的な
存在であり、自分が引っ張って行かないと
いけないと思っていたのだろうと感じます
ところが
京本が背景美術の世界に魅せられて
自分ひとりの力で生きて見たいから
藤野に突如、芸術大学に行きたいと
告げるシーンが出てきます
京本が泣きながら
「もっと絵、上手くなりたいもん」
の一言は藤野に突き刺さるシーンです
藤野にとって「漫画」を描くのは
ライバルでもあり尊敬もしている
京本に読んで欲しかったからだったと
そんな風に
藤野が気がつくのはラスト近くの
シーンになりますが
このきっかけとなる京本のセリフ
「じゃあ、藤野ちゃんはなんで
描いているの?」
という重要なセリフは
調べてみると
原作漫画にはあるのですが
劇場で配布された藤本タツキ氏の
ネーム原稿の段階では入っていない
ものでした
私が、原作漫画、ネーム原稿版と
映画版の3つを見て、どうしても
納得がいかないシーンが一つだけあります
それは
ラストの藤野が京本の部屋で
自分の描いた漫画「シャークキック」の
11巻の最後を見ながら泣いているという
シーンです
映画でも同様のシーンがあるのですが
京本との日々を思い出しながら
藤野が泣いているのであれば
藤野が泣くのは京本と合作をした作品
を見ながら泣く方が自然ではないのか?
と疑問に思うからです
「シャークキック」は京本と別れたあとに
藤野がひとりで描いた漫画であり
11巻のラストで涙するという事は
まだ刊行されていない12巻へ
続くだろうという
藤野が再び漫画を描く事を意図させる
シーンだとは思いますが
このシーンはある意味余計な
作意を感じさせるもので残念に思いました
非売品のネーム版「ルックバック」を読むと
藤野は「三船」
京本は「野々瀬」
シャークキックが「ラックラット」
ラストのキーとなる4コマ漫画の
タイトルも「背中を見て」が「おしりに」
だったりと
原作漫画として完成するまでに
細かい箇所の変更があったことが
伺えます
はっきり言って
昨今の日本のアニメ映画やアニメ作品
ジブリの「君たちはどう生きるか」を含め
内容のレベルの低さにうんざりしていたなか
この映画「ルックバック」のような
実写化した方が早そうな地味な内容
であるにも関わらず
劇場アニメーション化したという点は
とても素晴らしいし
漫画原作ではなくアニメーションで
ないと描けないものがあると示した
本作は見事な映画だと思いました
「ルックバック」は
絶対に実写化しない方がいいです
最後に
藤野が「藤野キョウ」という2人でつけた
ペンネームで藤野が漫画を描き続けて
いるのは
藤野が京本への思いと尊敬があるからだと
感じます
2人組で何かクリエイティブな事をする場合
一番大切なことは、お互いを尊敬していなければ成立しないと、私個人の体験上感じるからです
(画面左がオリジナルストーリーボード、画面右が原作漫画)
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最後に
ロシアの独裁者プーチンに鉄槌を!
プーチン支持者に厳罰を!
ウクライナに平和を!
イスラエルの軍事侵攻が
早急に終結しますように!




