前回は
「ヴィム・ヴェンダース パーフェクト・デイズ ダイヤリーズ 逆光」
を紹介したのですが
今回、私が読んだのはインタビュー雑誌
SWITCH 2023年12月号
すばらしき映画人生!
ヴィム・ヴェンダースの世界へ
という記事に
映画パーフェクト・デイズの平山を演じた
役所広司さんのインタビューが掲載されていました
普段あまり雑誌を読まないのですが
興味のある映画が書かれた雑誌は
手に入れて読むようにしています
パーフェクト・デイズのワンシーンで
柄本時生さん演じるタカシが仕事を突然辞めてしまい
平山が彼の穴埋めに複数のトイレ掃除を掛け持ちしないと
いけなくなり
いつも冷静で無口な平山が仕事先の担当者に
激怒しながら電話をするというシーンがあります
私個人、このシーンの平山が激怒するシーンに
驚いたのです
あれ?
いつもの平山なら冷静に対処するのでは?と
違和感を覚えたのでした
そこでまず「逆光」に掲載された脚本を読むと
(日本語版脚本)
EXT. 佐藤カズーのトイレ - 夜
ここもいつもとは違う担当だ。独特の丸い形をしている。
怒りにまかせてゴミ袋を車につむ。そしてたまらず、会社に電話をかける。
平山
3回も電話したのに。どうして誰も出ないんですか!
こんなの毎日は無理だからね。
返事を待たずに、彼は本当に怒りながら電話を切った。
そしてドアを閉める。
(英語版脚本)
EXT. KAZOO SATO’S TOILET - NIGHT
This one is also off Hirayama’s usual schedule. This toilet
has a unique round shape. Hirayama just returns to his car
and instantly makes a call to his company.
HIRAYAMA
I called three times. Why didn’t
anyone answer!? Listen, I’m only
anyone tomorrow, got it!?
Without waiting for an answer, he hangs up, really angry.
He slams the door for the van shut.
HIRAYAMA (CONT’D)
Dammit!
日本語版と英語版の脚本ではラストが異なります
日本語版でバンのドアを閉めて終わりですが
英語版では平山は
”Dammit!” (くそっ!)と言わせている
英語版ではかなり怒りを露わにしている平山だが
日本語版は怒りを抑えているようなシーンに書かれています
SWITCHの役所さんのインタビューの中で
役所:
台本では平山さんは喜怒哀楽が少なく、寡黙で、
笑顔もなければ怒りもない人物だった。
でも同僚のタカシ(柄本時生)が急に仕事を辞める場面、
そのせいで毎日の清掃のローテーションが崩れてしまい、
平山さんが怒るシーンがあった。
台本を読む限り、それほど激しい怒りではないと僕は思ったんです。
でも監督は怒りをここではっきりと表現するように演出された。
それは平山さんに対して親しみやすさを出そうとしたのかもしれません。
台本では平山さんは修行僧のようにいた。
監督が要所要所で怒り、悲しみ、笑いを演出していったんです。
監督は平山さんに人としてのリアリティを求めたのだという気がします。
ータカシの裏切りに過剰に反応する平山は意外でした。
ローテーションをきっちりこなす平山であれば、いつもと違う
トイレの清掃でも「自分にはできない」とは言わないでしょう。
平山にとっては何事も淡々とこなすことが
彼の中の日常の営みではないかと思うと、
ここは少し謎のシーンでした。
役所:
僕もそう思いました。
平山を演じた役所さんでも
この怒りのシーンは「謎」だと感じたとのこと
「逆光」に掲載された脚本を読む限り
平山の怒りは英語版、日本語版の2パターン描かれており
英語版では「くそっ!(又はちくしょう!)」とまでセリフを入れてある
おそらくですが
先に書かれた台本とは異なり
撮影現場で書き換えられたのか?
それとも、何度か異なるパターンを撮影した上で
採用されたのが日本語脚本版のようなシーン
だったのではないかと考えられますが
普段は冷静沈着の平山が
突如、平凡な人間のように振る舞うシーンだったので
個人的にもかなり違和感を覚えたシーンではありました
もしかして、ヴェンダースは途中で平山をキャラ変させて
しまったのではないかと・・
前回のブログでも書きましたが
脚本の冒頭に書かれてあった
平山の「僧侶の目」”Monks eye” についてですが
なぜ平山が「僧侶」なのかという理由を見つけました
The Criterion Collection 4K Ultra HD版ではなく
日本で販売されているブルーレイ版の特典として付いてある
ヴィム・ヴェンダース監督のインタビューの中にその答えが
ヴェンダースの友人で歌手のレナード・コーエンが
かつてアメリカで禅僧として修行をしていた時のことを
思い出しながら「平山」というキャラクターを作り上げたとのこと
ヴェンダース自身、映画完成後のインタビューで
「今までどこにも話していないけど」と
前置きを置いて語っています
「平山」のモデルは、カナダ人歌手で詩人の
レナード・コーエンだったのです
ヴェンダースはインタビューの中で次のように語っています
「タクマさんが「彼はどこか僧侶のようだ」と
彼の起き抜けの僧侶のような目の話をしてくれた時です
とても共感できました、平山が僧侶のようであることに
そして、あるお気に入りの僧侶が平山のイメージの元になりました
そのお気に入りの僧侶は、十年ほど僧侶として暮らしていました
皆さんは、シンガソングライターだった頃の彼をよく知っているでしょう
レナード・コーエンのことです」
なるほど
まるで「仙人」のような「僧侶」のような平山ですが
決して「僧侶」ではないのがポイントであり
喜怒哀楽があるごく普通の人のような
振る舞いもすることで、誰もが感情移入しやすい
キャラクターとして最終的には
作り上げていったのではないかと考えられます
平山というキャラクターは
仏法的に言う「境涯」で言えば
六道の「人界」や二乗の「縁覚」の
境涯の人ということになるでしょうか
「人界」とは
穏やかで平静な生命状態にあり
人間らしさを保っている境涯をいい
「縁覚界」とは
さまざまなものごとを縁として
独力で仏法の部分的な覚りを得た境涯のことをいいます
仏法の生命観の基本である「十界論」に則して
この平山という人間を見ていくと
やはり平山は「僧侶」ではなく凡夫なんだなと思います
ちなみに「禅宗」のことを英語では
Zen Buddhismとよく表現されることがありますが
実は「禅」「禅宗」は仏法でありません
日蓮大聖人は「禅」は「天魔の所為」と喝破され
仏法を破壊する天魔の振る舞いだと指摘してます
映画とは話がそれましたが
脚本を書いたヴェンダースや高崎卓馬氏が
仏法のことをどれだけ知っているかは知りませんが
私は「平山」というキャラクターに見たのは
かなりの苦労を経験したゆえに到達した
境涯の高い人間(凡夫)なんだろうなと
金銭的、物質的な豊かさよりも
精神的な豊かさにこそ人として生きる価値を
見出した人物が平山なのだと
日本で近年見られる
極端な経済格差による金銭的に富める者と
貧困に苦しむ者という極端な二極化の社会に住む中で
映画パーフェクト・デイズが描こうとした平山の境地は
人が生きる意味を再検討させてくれたように思います
映画「香港から来たダイアナ公式サイト」
Vimeoにて配信中の
映画「香港から来たダイアナ」は
まもなく配信終了になります
お早めにどうぞ
Vimeo配信サイト
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最後に
ロシアの独裁者プーチンに鉄槌を!
プーチン支持者に厳罰を!
ウクライナに平和を!
イスラエルの軍事侵攻が
早急に終結しますように!


