もう四年前になりますが、両親を連れてアメリカのラスベガスに行った事がありました。
私にとってラスベガス訪問は二度目。
アメリカに住んでいた時に一人旅で来た事がありました。
ラスベガスと言えば、24時間カジノがオープンしており、ギャンブル三昧が味わえます。
まさに、大人の娯楽の殿堂。
だからアメリカの他の州では決して見る事ができない、剥き出しのビール瓶を片手に、昼間の往来を歩く大人たちの姿が見られたりします。
おまけに、葉巻を口にくわえた男たちなど、ベガスでくつろぐ大人たちの姿が至る所で見られます。
もちろんディズニーランド化しているラスベガスは、家族連れでも楽しめます。
このへんのラスベガスの歴史は、マーティン・スコセッシ監督の映画「カジノ」に詳しく描かれています。
さて、私がこのラスベガス旅行で1番楽しみにしていたのが、豪華ホテルでのショーでした。
以前、一人旅で見たのは、日本にも来ている「ブルーマン」のショーでした。
今回見たかったのは、ベラーシオ・ホテルで専用劇場を持つ、シルク・ド・ソレイユの「O(オー)」というショーでした。
シルク・ド・ソレイユと言えば、現在日本でも「コルテオ」を上演しています。
「O(オー)」は、当時かなりの人気で、事前に予約をしないと満席で見る事ができませんでした。
私は三人分の座席を日本からネットで予約し、ステージから1番前の席をとりました。
専用劇場らしく、なんと一瞬にしてステージがプールへと変わるという仕掛けが!
シンクロナイズド・スイミングとパフォーマンスというスゴイ組み合わせのショーでした。
「O(オー)」のテーマは「水」。
現在日本で上演している「コルテオ」は、死を目前にした主人公が自分の過去の思い出を回想するという内容。
シルク・ド・ソレイユのパフォーマンスはただの大道芸ではないところがスゴイのだと思います。
演目それぞれにテーマがあり、実力のある演出家によって演出されているところがシルク・ド・ソレイユの魅力なんでしょう。
こんなことを、ふと考えたのは、NHKで「30代のホームレスが増加している」という内容の番組を見たからです。
映画はこのような社会情勢の中で一体何ができるのか?を考えざるおえませんでした。
そんな時にシルク・ド・ソレイユがやっているパフォーマンスは多くの人を魅了し、しかもテーマが深い事に気がついたのです。
昔、「文学は貧困に対して何ができるか?」等のテーマについて対談した「二十一世紀の対話」という本を読んだ事があります。
それと同じで「芸術、とりわけ映画は今の社会に何ができるのか?」について考えてしまいました。
ある一面、確かに映画は娯楽です。
しかし、淀川長治氏が言っていたように「映画には娯楽以上のものがある」はずだと思いたいのです。
ベガスで見た「O」にせよ、「コルテオ」でも描かれているように、楽しさの中に、何か生きている間に知っておかなければならないテーマを、映画で描けたらと思います。
そこを目指していけば、映画は娯楽以上の何かがあるものとして、後世に残る可能性があるのかもしれません。
