19世紀半ばイギリスが近代世界システムの主導権を握った。
この中規模の島国が、世界中に広大な植民地や市場獲得して世界の工場の地位を占めた理由を考えてみる。
まずこの国では経済や社会の変化・流動化が早く進み伝統的貴族層に代わってジェントリーの指導のもと、どの国よりも早く近代革命に成功した。
その後議会政治が定着し、政府議会とブルジョアジー(有産市民)が、この国の貿易拡大および輸出産業の開発に尽力した。
18世紀を通じて、イギリス、フランスは世界システムの覇権をめぐる戦いを続けたが、その間イギリスは大陸でのフランスとの戦いをプロイセンやロシアに任せ、もっぱら海上の戦いでフランスを圧倒し、海外領土市場の拡大に努めた。
その後19世紀半ば以降イギリスは繊維や機械などの工業製品を輸出する世界の工場になり、自由貿易体制のもとでシティは金本位制の通貨ポンドを背景に、世界の銀行・手形交換所の役割も果たした。
保険業、海運業、世界言語としての英語、グリニッジ時間や国際取引法などグローバル化する世界に不可欠な数々の国際公共財により支えられた。
世界史に登場する多くの帝国が、他民族を政治的・軍事的に支配したのに対し、イギリスの世界経済システムでは、統治のための強力な軍事力や官僚組織を維持する事は避けられた。
それはカナダオーストラリアなど白人が初めて入植する移住植民地では可能でも、インドや中国など膨大な人口を抱え、太古からヨーロッパにまさる政治・経済・文化の営みを持つ広大な国・地域を統治するには適さなかった。
18世紀後半、合衆国の独立で北アメリカ植民地の大部分を失ってから、最大の植民地インドはイギリスにとってますます重要不可欠になった。
18世紀半ば以来、東インド会社が支配する徴税区域はベンガルからインド各地に広がり、インドの富の収奪が始まった。
特に1857年インド人の反乱を鎮圧した後、イギリスは東インド会社を廃止し、インドを英国女王の直属植民地にした。
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最近の対中国包囲網の国々も、元アングロサクソン連合で始まってるみたいですね。歴史を学ぶ重要性が増してる気がします。
