こんにちは


冨田雅之のブログへお越しいただき、

ありがとうございます。


先日の自己紹介から、建築家を志したきっかけをご紹介したいと思います。


◼︎自己紹介はこちら◼︎



私の実家は私が中学二年生の時に建て替えました。




元々の家は平屋で結構古く、シロアリにもやられ(てたと記憶してます)、子供二人(兄と私)もお年頃になり、勉強するための?個室を与えようという流れなんだと思います。



いつくらいだろうか?

母親が渡辺篤史の建物探訪を毎週欠かさず見るようになった。

最初の頃はまだ見やすい時間帯だったと思うので、私も見ていました。


これが建て替えにつながることになると、なんとなく理解し、新しい家とはどんなものか?という希望キラキラを胸に毎週欠かさず見ていました。


渡辺篤史の建物探訪を見たことありますか?

まだやってるのかな?


あそこに登場する家は、好き嫌いはあるにせよお施主様のために一生懸命考えられた建物であり、建築の世界を初めて見る私には釘付けになる以外に選択肢はなかったと思います。


吹き抜けやハイサイドライトを使った空間に渡辺篤史さんは身体から?心から?絞り出すようにキモチ良い空間だという感情を溢れさせます。


12年は見続けたでしょうか?

母が購入してきた住宅雑誌のようなものも読み漁りました。


小学生の私には、


『新しい家になると渡辺篤史さんが来るような家になるんだ!』と本気で思ってました。


いよいよ、家づくりが本格的になってきたんでしょう。


当時、中学生だった兄はついてきませんでしたが、冨田家は住宅展示場に足を踏み入れました。



今でも広大な敷地です。

横浜の平沼橋住宅展示場に行きました。

当時の細かいことは良く覚えていません。


後々、大人になり平沼橋住宅展示場だったんだなと分かったりもしました。


一つだけ覚えているのは、

あるハウスメーカーの住宅展示場に行きました。(勝手なイメージと記憶で、三◯ホームか◯井ホームあたりかなと)


両親が着席し、営業マンととても長い打ち合わせを始めました(と思います)


ただ家を見に行くだけと思っていた私。


今のように時間を潰すものなんて持ってきていません。

(スマホどころか携帯もないし)


キッズルーム的なものもありません

(今の子は良いよなぁ。まぁ、キッズではないけど)。


その打ち合わせには参加せず、ひたすら待っていました。


展示場内をうろちょろしたり、


一階の大きなリビングのソファーで寛いだり。



そのリビングは大きな吹き抜け空間で、



ソファーに座ると、子供部屋のドアが見え、二階の廊下が回廊のようでした。


なんだこの家は?



うちもこんな家が建つのか?



天井はこんなに高くなるのか?


渡辺篤史さん!これはキモチ良いですね!


と、小学生の私は妄想を続けたのでしょう。


もう、ワクワクしかありません!


果たして、冨田家はどのような家になってのでしょうか?




しかし、理想と現実に直面し、大人の事情をいち早く知ることになる家づくりなのでした。


長々とブログを読んでいただき、ありがとうございました。


家づくり本格編に続く



株式会社スタジオ アネッロ

冨田雅之