パースくん2…初めてのアート(笑)〜その5
学校でやった油土による立体物製作は、ホントにハプニング…敢えて先生から入ったサジェスチョンなども“ハプニング”に加える…の連続であった。ホントにスラップスティックな造型作業だったのだ。
既に最終スケッチの段階で、「単なるネタ」としてシンプルに考えていたものが「エグい」と評される状態になるという思わぬ展開になっている。
さらに「明日は芯材に巻く麻ヒモを持って来てください。百均で入手できますよ」と言われた麻ヒモが手に入らなかったりとか。
妙な形にしちゃったもんで、途中でバランスが崩れて「つっかえ棒」を付け加えた形状にせざるを得なかったりとか。
配られた粘土(3kg)では足りなくなって1kgオマケしてもらったりとか(って、ご近所の商店街かよっ?)
最終日の朝、芯材への食いつきが悪くて粘土がゴッソリ落っこちてたりとか。
形を作っているというよりは、重力と格闘しているようなノリだった。
↑こうやってペットボトルで支えながら作業をしないと、上の部分が落っこちてくる状態…。
他の学生たちが表面の仕上げなどの最終段階に入っているのを脇目に見ながら、私ゃまだ粘土を盛っていた。
「先生…このままだと仕上げまで出来そうもありませんっ」と泣きを入れる。
「いやいや、コブシが効いた演歌みたいな作品にしてくださいよ」
応援してくれてるんだかおちょくられてるんだか意味がよくわかんないこと言われるし~。
先生は私の作っているものに対して「アートな言葉」による指導・助言はしてくれない。
演歌ですよ、演歌。
カラオケで演歌とか歌わないし~(そういう問題では無い)。
とにかく、格闘を続ける。
…。
タイムアウト。
机の上を「作品だけ」の状態に片付けて、先生から講評を受ける準備をしなければならない。
周囲を見ると、「ちょっと家に置いておきたいオブジェ」みたいな作品や「美術館などにホントに有りそうな雰囲気」の作品が並んでいる。
組み合わせも面白い。
自分の作品を見ると…。
まず、汚い。
奇麗な平面・直線・曲線で作られるはずだったエスカレーターや下駄は、ボコボコと粘土を重ねて盛った跡があるばかりか、油土の重さに芯材が耐えられなくなって大きく波打っている。
水の部分も、ただ凸凹してるだけで資料として撮って来た水面の写真とはほど遠い。
そして、カッコ悪い。
上記のように周りには家に飾りたくなるような作品もあるというのに(後からつっかえ棒を付けざるを得なかったこともあって)、不細工極まりない。絶対に家には置きたくない。
さらに、何か、ダサい。
ま、それはスケッチの段階から読めてはいたが、少なくとも美的では無いし、「洗練」という言葉の対極にある感じ。
ついでに、幼い。
作品の前に「2ねん1くみ すたじお せぶん」とかいう札を付けても良いくらい…ってか、小学生だってもっとマトモな造型力を持っているのではないか?
何よりも…。
全体がそんなグチャグチャ状態になっちゃったもんで、唯一のキモであるエスカレーターと下駄という「おバカなネタ」が目立たない。
敢えてハプニングや時間のせいにするまでもない。
思いっきり不本意だし悔しいが、これが私の限界なのであろう。
講評の前に、まず自分から作品のプレゼンテーションをやらねばならない。
「え~…。その…。組み合わせのバカバカしさだけで、とにかく笑っていただけるものを目指したんですが…。こんなふうになっちゃいました…」
それ以上のことは言えなかった。
続いて1作品について3人の学生が感想を述べることになっている。
私の作品の順番に当たった人は気の毒である。
「意外な組み合わせがムニャムニャ…」
「水の質感がムニャムニャ…」
「エスカレーターと下駄が不思議とマッチしていてムニャムニャ…」
目の前にあるグチャグチャな油土の塊に、表現すべき言葉が見つからない様子が伝わってきた。
では次回、いよいよ「先生からの講評!」
…ではなくて、改めて「パースくん2」という作品名(?)について…。
(つづく)
既に最終スケッチの段階で、「単なるネタ」としてシンプルに考えていたものが「エグい」と評される状態になるという思わぬ展開になっている。
さらに「明日は芯材に巻く麻ヒモを持って来てください。百均で入手できますよ」と言われた麻ヒモが手に入らなかったりとか。
妙な形にしちゃったもんで、途中でバランスが崩れて「つっかえ棒」を付け加えた形状にせざるを得なかったりとか。
配られた粘土(3kg)では足りなくなって1kgオマケしてもらったりとか(って、ご近所の商店街かよっ?)
最終日の朝、芯材への食いつきが悪くて粘土がゴッソリ落っこちてたりとか。
形を作っているというよりは、重力と格闘しているようなノリだった。
↑こうやってペットボトルで支えながら作業をしないと、上の部分が落っこちてくる状態…。
他の学生たちが表面の仕上げなどの最終段階に入っているのを脇目に見ながら、私ゃまだ粘土を盛っていた。
「先生…このままだと仕上げまで出来そうもありませんっ」と泣きを入れる。
「いやいや、コブシが効いた演歌みたいな作品にしてくださいよ」
応援してくれてるんだかおちょくられてるんだか意味がよくわかんないこと言われるし~。
先生は私の作っているものに対して「アートな言葉」による指導・助言はしてくれない。
演歌ですよ、演歌。
カラオケで演歌とか歌わないし~(そういう問題では無い)。
とにかく、格闘を続ける。
…。
タイムアウト。
机の上を「作品だけ」の状態に片付けて、先生から講評を受ける準備をしなければならない。
周囲を見ると、「ちょっと家に置いておきたいオブジェ」みたいな作品や「美術館などにホントに有りそうな雰囲気」の作品が並んでいる。
組み合わせも面白い。
自分の作品を見ると…。
まず、汚い。
奇麗な平面・直線・曲線で作られるはずだったエスカレーターや下駄は、ボコボコと粘土を重ねて盛った跡があるばかりか、油土の重さに芯材が耐えられなくなって大きく波打っている。
水の部分も、ただ凸凹してるだけで資料として撮って来た水面の写真とはほど遠い。
そして、カッコ悪い。
上記のように周りには家に飾りたくなるような作品もあるというのに(後からつっかえ棒を付けざるを得なかったこともあって)、不細工極まりない。絶対に家には置きたくない。
さらに、何か、ダサい。
ま、それはスケッチの段階から読めてはいたが、少なくとも美的では無いし、「洗練」という言葉の対極にある感じ。
ついでに、幼い。
作品の前に「2ねん1くみ すたじお せぶん」とかいう札を付けても良いくらい…ってか、小学生だってもっとマトモな造型力を持っているのではないか?
何よりも…。
全体がそんなグチャグチャ状態になっちゃったもんで、唯一のキモであるエスカレーターと下駄という「おバカなネタ」が目立たない。
敢えてハプニングや時間のせいにするまでもない。
思いっきり不本意だし悔しいが、これが私の限界なのであろう。
講評の前に、まず自分から作品のプレゼンテーションをやらねばならない。
「え~…。その…。組み合わせのバカバカしさだけで、とにかく笑っていただけるものを目指したんですが…。こんなふうになっちゃいました…」
それ以上のことは言えなかった。
続いて1作品について3人の学生が感想を述べることになっている。
私の作品の順番に当たった人は気の毒である。
「意外な組み合わせがムニャムニャ…」
「水の質感がムニャムニャ…」
「エスカレーターと下駄が不思議とマッチしていてムニャムニャ…」
目の前にあるグチャグチャな油土の塊に、表現すべき言葉が見つからない様子が伝わってきた。
では次回、いよいよ「先生からの講評!」
…ではなくて、改めて「パースくん2」という作品名(?)について…。
(つづく)