パースくん2…初めてのアート(笑)〜その3
(前回までのあらすじ)
「モノの意味や用途を取払い、それらを組み合わせた形状を油土(油粘土)で何か作れ」という、よくわからん課題を出された。よくわからんので、私はお笑いに徹するべく組み合わせる“モノ”を探しに街へ出て色々な写真を撮影したのだが…。
撮って来た写真を眺めながら、組み合わせを考える。
どんな写真を撮ったかは、前回の記事にYouTubeにアップした映像を貼り付けたのでよろしければそちらをご参照いただくとして。
今回の課題は「レディ・メイド」という芸術分野の真似事をやる。
芸術家が一から作品を作るのではなく、既製品(レディ・メイド)に全く異なった意味を持たせるというか、本来の機能を剥奪するというか、そんな感じのようである。
マルセル・デュシャンというオッサンが作った…いや、発見した概念で、その作品で最も有名なのが『泉』 というもの。
ん~…。私には便器を逆さに飾るような感性は無い。
そもそもが美術の知識も素養も経験も無い人間にそういうことをやれというんだから凄い学校である。
とにかく、撮って来た写真を眺めながらモノの組み合わせをいくつか考えてスケッチに落とす。
ついつい授業のアートな雰囲気に影響されそうになるが、負けちゃいかん!
本当は10くらいのアイディアを考えなければいけないのだが、5つ考えたところで「いかにも自分らしいバカバカしさを持った組み合わせ」が出た。
先生は他のスケッチを見て「この組み合わせでもう少しこれこれこうしてはどうか」といったサジェスチョンもして下さったのだが、私はそのバカバカしいアイディアを示して「どうしても、これで行きたい!」と主張した。
組み合わせは、これとこれ!
もうおわかりですね。
この組み合わせを元に描いたネタ…アイディアスケッチはこんな感じ。
後で気づいたのだが、これはアニメーションにしてもいいかもしれない。ナンセンス・ギャグみたいなノリか。
「モノの機能や意味を捨てて、形状や質感だけに注目しろ」ということなので、課題からは外れていないはずだ。
考えてみると、「異質なモノを組み合わせて、全く新しいイメージを作る」というのは、私がギャグを考えるときのプロセスと同じである。
また、日常の中に非日常を持ってくるという“組み合わせ”も、シチュエーション・ギャグ(やコメディ)に使う手法。
ドラえもんなんて、まさにそれですわな。
それに気づいたとき、私は「アートに買った!」と思った。
課題に合っていながら、私のアイディアは「ネタ」である。
思惑どおり、「アートという土俵にお笑いを持ち込む」ことに成功したと確信した。
が。
そこへ、「アートの魔の手」が忍び寄ってきた。
先生の指導である。
「まず、これだと両側の仕切りによって閉ざされた形になってしまってもったいないですね。それから、この二つだけでなく、もう一つ何かを組み合わせてみてください。組み合わせが二つだけだとそこに対立や対比という概念が生まれるでしょ? せっかく元の意味から解放してあげたモノにまた“対比という意味の足かせ”を付けることになって云々…」
えっと…私としては「ネタとしてわかりやすい」方が良いのである。
余計な要素を加えてややこしくしたくないのだ。
それに、先生が「何を言っているか」はわかるが「どうしてそう言うのか」はわからん。
…でも、単位も欲しい…。
屈した。
撮ってきた写真から加えられそうな要素を探す。
これにした。
「水」ですね。
で、第二のスケッチ。
ん~、まあ、いっか。
前向きに考えれば、ある意味「動く」というエスカレーターの(階段とは徹底的に異なる)特徴を「流れ」によって強調したとも言える。そして、下駄が液状化するメタモルフォーゼ(変形)というのも「動き」の強調だし。
このスケッチを見た先生の一言。
「ん~~。流れ出ているのは清流のようなものではなく、汗みたいな感じですね。いいですね~」
何が「いいですね~」なのかわからない。私ゃそんな汗臭いモノなんて作りたくないのだ。
だが、アートの魔の手は、これだけでは終わらなかった。
(つづく)
「モノの意味や用途を取払い、それらを組み合わせた形状を油土(油粘土)で何か作れ」という、よくわからん課題を出された。よくわからんので、私はお笑いに徹するべく組み合わせる“モノ”を探しに街へ出て色々な写真を撮影したのだが…。
撮って来た写真を眺めながら、組み合わせを考える。
どんな写真を撮ったかは、前回の記事にYouTubeにアップした映像を貼り付けたのでよろしければそちらをご参照いただくとして。
今回の課題は「レディ・メイド」という芸術分野の真似事をやる。
芸術家が一から作品を作るのではなく、既製品(レディ・メイド)に全く異なった意味を持たせるというか、本来の機能を剥奪するというか、そんな感じのようである。
マルセル・デュシャンというオッサンが作った…いや、発見した概念で、その作品で最も有名なのが『泉』 というもの。
ん~…。私には便器を逆さに飾るような感性は無い。
そもそもが美術の知識も素養も経験も無い人間にそういうことをやれというんだから凄い学校である。
とにかく、撮って来た写真を眺めながらモノの組み合わせをいくつか考えてスケッチに落とす。
ついつい授業のアートな雰囲気に影響されそうになるが、負けちゃいかん!
本当は10くらいのアイディアを考えなければいけないのだが、5つ考えたところで「いかにも自分らしいバカバカしさを持った組み合わせ」が出た。
先生は他のスケッチを見て「この組み合わせでもう少しこれこれこうしてはどうか」といったサジェスチョンもして下さったのだが、私はそのバカバカしいアイディアを示して「どうしても、これで行きたい!」と主張した。
組み合わせは、これとこれ!
もうおわかりですね。
この組み合わせを元に描いたネタ…アイディアスケッチはこんな感じ。
後で気づいたのだが、これはアニメーションにしてもいいかもしれない。ナンセンス・ギャグみたいなノリか。
「モノの機能や意味を捨てて、形状や質感だけに注目しろ」ということなので、課題からは外れていないはずだ。
考えてみると、「異質なモノを組み合わせて、全く新しいイメージを作る」というのは、私がギャグを考えるときのプロセスと同じである。
また、日常の中に非日常を持ってくるという“組み合わせ”も、シチュエーション・ギャグ(やコメディ)に使う手法。
ドラえもんなんて、まさにそれですわな。
それに気づいたとき、私は「アートに買った!」と思った。
課題に合っていながら、私のアイディアは「ネタ」である。
思惑どおり、「アートという土俵にお笑いを持ち込む」ことに成功したと確信した。
が。
そこへ、「アートの魔の手」が忍び寄ってきた。
先生の指導である。
「まず、これだと両側の仕切りによって閉ざされた形になってしまってもったいないですね。それから、この二つだけでなく、もう一つ何かを組み合わせてみてください。組み合わせが二つだけだとそこに対立や対比という概念が生まれるでしょ? せっかく元の意味から解放してあげたモノにまた“対比という意味の足かせ”を付けることになって云々…」
えっと…私としては「ネタとしてわかりやすい」方が良いのである。
余計な要素を加えてややこしくしたくないのだ。
それに、先生が「何を言っているか」はわかるが「どうしてそう言うのか」はわからん。
…でも、単位も欲しい…。
屈した。
撮ってきた写真から加えられそうな要素を探す。
これにした。
「水」ですね。
で、第二のスケッチ。
ん~、まあ、いっか。
前向きに考えれば、ある意味「動く」というエスカレーターの(階段とは徹底的に異なる)特徴を「流れ」によって強調したとも言える。そして、下駄が液状化するメタモルフォーゼ(変形)というのも「動き」の強調だし。
このスケッチを見た先生の一言。
「ん~~。流れ出ているのは清流のようなものではなく、汗みたいな感じですね。いいですね~」
何が「いいですね~」なのかわからない。私ゃそんな汗臭いモノなんて作りたくないのだ。
だが、アートの魔の手は、これだけでは終わらなかった。
(つづく)