阿波踊りの「音楽」 | studio7の映像実験室

阿波踊りの「音楽」

 もはや「映像実験室」でも何でもない雑多なブログと化しているが、誰も気にしていないのと同じように私自身が気にしていない。

 さて、15年くらい前、東京・高円寺の某飲み屋さんで「阿波踊りの鳴り物(お囃子)」について二人の人が激論を戦わせていたらしい。

 Aさんは徳島出身で、徳島に姉妹連を持つ高円寺の連で鳴り物(主に鉦)を担当しているが、「俺は“阿波踊り”というより、むしろ“阿波囃子”だと思っている」と、『鳴り物メイン説』を展開。

 Bさんは東京出身で、やはり徳島に姉妹連を持つ高円寺の連の連長さん。同じく鉦をメインに鳴り物をやっている方だが「鳴り物はあくまで“踊らせるための存在”」と、「踊りメイン説」を主張。

 店の主人のCさんはAさんと同じ連で鳴り物をやっているが「俺はどっちでもいいよ。二人が盛り上がってどんどん飲んでくれれば店が儲かるから」と(笑)

 
 阿波踊りの音楽というと「チャンカチャンカ チャンカチャンカ…」という単調なものと思われるかもしれないが、どうしてどうして奥深い。

 「徳川連」みたいに鳴り物を追求するために出来た連もあるし(今は踊り手もいるらしい)、「藍吹雪」のように連の枠を越えた練習会から発展して最強鳴り物集団になったケースもある(CDやDVDも出ている)。
 両者とも、お盆の徳島の演舞場ではその姿を見ることは出来ない。「徳川連」は「葵連」本体に入っているし、「藍吹雪」はメンバーそれぞれが本来所属している連に戻っている…我々県外の一般人にとってはなかなかお目にかかれない伝説の存在である。
 …阿波踊りを知らない人には何のこっちゃわからないかもしれないが。


 踊りと同様に、阿波踊りの音楽も様々な文化を貪欲に取り入れてきた歴史がある。
 「♪チャンカチャンカ チャンカチャンカ…」という跳ねるリズムは、沖縄のカチャーシーなどにも共通点があることなどから、「黒潮のリズム」と言われることがある。そのルーツを東南アジアにまで求める説もあるが、いずれにしても南方伝来説が有力と思われる。


 一方で、ジャズのスウィングも跳ねるリズム。
 某オーケストラのパーカッション奏者で徳島出身の方とお話をしていたら「阿波踊りもジャズも“よっこらせ、よっこらせ”とか“えらいこっちゃ、えらいこっちゃ”という文化から生まれたリズムやと思うんですわ。ホンマに庶民のパワーが爆発した感じやなあ」とおっしゃっていた。

 さらに、徳島出身の作曲家・三木稔先生は、「両手で均等にリズムを刻んでいても、利き手がどうしても強くなるから自然と跳ねたリズムになる」という旨を『阿波踊りの世界』(朝日新聞徳島支局 1992)の中で語っている。「体の奥底から湧き出たリズム」であると。

 このお二方の分析からすると、世界各地で自然発生したという可能性も考えられる…が、そのへんは専門家の研究にお任せしておく。


 ついでながら、音符でこのリズムをちゃんと表すのは非常に難しい。
 便宜上、「付点8分音符と16分音符」という組み合わせや、「三連符の真ん中を抜く」みたいに書かれることもある。実際にはもっと微妙な、人間的ゆらぎというか「間(ま)」があるのだ。それこそが阿波踊りのリズムのキモ。

 …「キモ」なんて書いてしまったが、「♪ダダダダダダダダ…」と均一なリズムで押し出してくるようなリズムを使う連もけっこうある。そこに「おかず」が加わったり「抜き」が入ったりして「♪ダンズカダッダ ダンズカダッダ ダンダンダダダダ…」みたいになり、そりゃもう、大変な勢いになる。
 「あんなん、阿波踊りやないっ!」という批判もあるが、ここまで広まると「これも阿波踊り」と言うしか無いのではないか。


 微妙なゆらぎ、と言えば、『阿波よしこの節』。「♪チャンカチャンカ…」という鳴り物に乗って歌われる曲である。
 有名な「♪踊る阿呆に見る阿呆 同じアホなら踊らな損損…」「エラヤッチャ エラヤッチャ ヨイヨイヨイヨイ」という囃子言葉は、この『阿波よしこの節』の中に登場する。

 昨年亡くなった「お鯉さん」こと多田小餘綾(ただ・こゆるぎ)さんがその名手であり、昭和7年にこの曲を初めてレコードに吹き込んで全国に広めた。

 が、これがまた、西洋音楽からしたらあり得ないようなテンポの取り方なのだ。

 お鯉さんが監修した阿波踊り用三味線の教本みたいなのがあるが(誰かに貸しっぱなしで手元に無い…)、確かこの本には「『阿波よしこの節』は自由なタイミングで歌って下さい」といったようなことが書いてあったと記憶している。
 また『日本の民謡(西日本編)』という文庫サイズの本…これまた誰かに貸しっぱなしで手元に無いのだが、監修者が採譜した五線譜の譜面が載っていた。誰が歌ったものを採譜したのかわからないが、「阿波よしこの節」の譜面は、前衛音楽かよ、ってくらいのテンポの取り方…。

 結局のところ、歌う人の感性に任されているようなものである。
 「♪チャンカチャンカ…」というリズムに合っているような合っていないような感じなのだが、達人が歌うとちゃんと心地よく踊れるらしい。

 この「阿波よしこの節」もまた、潮来節とか都々逸とか色々な文化の集大成で、司馬遼太郎先生が言うところの「阿波人の大発明」の一つなのだが、阿波踊り人口の中でこれを歌う人の比率があまりにも少ない。

 ギリギリで幸いなのは、笛がこのメロディを奏でるケースがけっこうあることだろうか。

 私自身も笛吹きの一人として(大袈裟な!)このメロディを練習した。
 が、上記のように「自分にとって心地よいノリ」で歌う(演奏する)曲なので、基本的には同時に複数の笛で吹くのは無理。
 しかも、私レベルだと踊り手のノリと共感させられないもんで、ウチの連でこの曲が登場する機会は無い。


 上記のように、リズムや「阿波よしこの節」については、それなりにどんな要素が取り入れられて現在の形になったかといった歴史的研究がなされていて書籍にもなっている。

 が、私が気になるのは「♪(ン)ピト~ロヒャラリ」「♪ヨ~ルヒ~ル ヨ~ルヒ~ル…」みたいな、それだけで“阿波踊りっぽくなる笛の旋律”はどこから生まれたのか、ということ。
 各連ともオリジナルの笛のメロディーを持っているものだが、このいずれかのフレーズは必ず含まれているのではないか。
 徳島ではないが、極めてオリジナリティの高い笛のメロディを使っている連と遭遇して「…阿波踊りっぽく無ェ…」と思ったことが二回ばかりある。リズムは「♪チャンカチャンカ…」なのに、笛によって全く別もののお囃子に聴こえてしまうのだ。

 この“阿波踊りっぽいフレーズ”も、恐らくは他と同様に様々な文化を貪欲に取り入れて行った長い歴史の中で生まれたものだとは思うのだが、笛吹きとしてはそのルーツを知りたくなる。

 私が徳島を訪れると(何も買わなくても)立ち寄る岡田和楽器という店がある。
 ここのご主人である岡田寛斎さんは、笛の名手にして笛作りの達人にして民族音楽の研究家である。
 私の手持ちの資料では何ともわからなかったので、岡田さんに「あのメロディはどうやって生まれたんでしょうか?」と質問をしてみた。
 明確な回答があった。
 
 「わからん」

 …え…。

 別の方にも伺ってみたのだが「岡田先生がご存知ないとすると、誰にもわからないでしょう」と…。

 確かに、江戸時代の録音があるはずも無い。
 ただでさえ史料が少ないと言われる阿波踊りであるが、発見されている絵や文書などからは「音」は聴こえてこないし。


 残念。
 そうなると、事実云々ではなくイマジネーションを働かせて吹くしかない。

 と、言ったわけで…。

 そのイマジネーションの源を探し求めているうちに、笛の達人ではなく“単なる蘊蓄野郎”が出来上がってしまった。
 
 ウルサいだけの先輩ですまんね、後輩たちよ。