広島に住む父に送っておいたバースデーカードが届いたらしく
当日の朝早く電話をくれた。
「おめでとう。いよいよ80歳になったのう。」
「ありがとね~。これからも健康で90まで生きにゃ~いけんのう」
「どうせならお袋と二人で90まで行ってみいや~。
自分一人が健康であってもバランス悪かろ。
片方が欠けたら、フニャフニャになるで~」
「お互いに労りながら、元気でゆっくり暮らせ~よ!」
「はいはい、たかちゃんも、元気でやりんさい。
はいはいどうもありがとうございました!」
父との会話の最後は、
何故だかいつも父のほうが敬語で締めくくる。
定年退職したときゴルフセットを贈ったら
とても喜んでくれて
帰省の度に、練習場へつき合っていたが
いつからかゴルフに関する会話もなくなって久しい。
8年前に一度、軽い脳梗塞をやってからだろうか。
退院して当分は呂律もゆるくとても心配した。
「自分では意識せんところで何故か笑けてしまうんよ」と
可笑しくもないのにたまに会話の途中でケケケっと笑い始める。
訳もなく笑い始めるそんな父の隣で
母がこちらに悲しそうに目配せをする。
あの時、母が機転を利かせてすぐにタクシーを呼び
病院につれて行かなかったら
現在父はこうやって80歳を迎える事が出来なかったかも知れない。
あれだけ食事の時間や日々の決め事に規則正しい父が
「眠たい。眠たいけ~もうちょっと寝かせてくれ」と
それが2日間続いた。
一日目は、ただの疲れだと思っていた母だが
二日目に、なんかおかしいと直感したという。
私が学生時代に使っていたエキスパンダーで
最近は何回、腕立て伏せは何回 腹筋は何回と
あれだけ自分の健康を自負していた父だが、
その父自身が一番ショックを隠せず
検尿用の紙コップを持って
よろけながらトイレに行く時の後ろ姿が、
何とも言えず哀れで
今でもあの姿は よ~忘れんよと、母が染み染みと言う。
あの時父は紙コップと共に、
予期すらしなかった人生の試練の重みに
押し潰されそうになりながら
必死で耐えようとしていたに違いない。
医師には認知症の可能性大だと言われ
私自身も覚悟をした。
少し調子に乗って油断をし、漬け物や刺身に
醤油をかけすぎたりするといつも
「親父が今こうして笑うて居れるんは、半分はお袋のお陰だよ」
と、塩分を制す手段としていつもあの時の話をする。
これがいちばん効き目があるのだ。
今では本当に笑い話のように振り返る。

<父の故郷 島根への墓参りにて>
何はともあれ あなた達の笑顔と元気にいつも感謝です。
当日の朝早く電話をくれた。
「おめでとう。いよいよ80歳になったのう。」
「ありがとね~。これからも健康で90まで生きにゃ~いけんのう」
「どうせならお袋と二人で90まで行ってみいや~。
自分一人が健康であってもバランス悪かろ。
片方が欠けたら、フニャフニャになるで~」
「お互いに労りながら、元気でゆっくり暮らせ~よ!」
「はいはい、たかちゃんも、元気でやりんさい。
はいはいどうもありがとうございました!」
父との会話の最後は、
何故だかいつも父のほうが敬語で締めくくる。
定年退職したときゴルフセットを贈ったら
とても喜んでくれて
帰省の度に、練習場へつき合っていたが
いつからかゴルフに関する会話もなくなって久しい。
8年前に一度、軽い脳梗塞をやってからだろうか。
退院して当分は呂律もゆるくとても心配した。
「自分では意識せんところで何故か笑けてしまうんよ」と
可笑しくもないのにたまに会話の途中でケケケっと笑い始める。
訳もなく笑い始めるそんな父の隣で
母がこちらに悲しそうに目配せをする。
あの時、母が機転を利かせてすぐにタクシーを呼び
病院につれて行かなかったら
現在父はこうやって80歳を迎える事が出来なかったかも知れない。
あれだけ食事の時間や日々の決め事に規則正しい父が
「眠たい。眠たいけ~もうちょっと寝かせてくれ」と
それが2日間続いた。
一日目は、ただの疲れだと思っていた母だが
二日目に、なんかおかしいと直感したという。
私が学生時代に使っていたエキスパンダーで
最近は何回、腕立て伏せは何回 腹筋は何回と
あれだけ自分の健康を自負していた父だが、
その父自身が一番ショックを隠せず
検尿用の紙コップを持って
よろけながらトイレに行く時の後ろ姿が、
何とも言えず哀れで
今でもあの姿は よ~忘れんよと、母が染み染みと言う。
あの時父は紙コップと共に、
予期すらしなかった人生の試練の重みに
押し潰されそうになりながら
必死で耐えようとしていたに違いない。
医師には認知症の可能性大だと言われ
私自身も覚悟をした。
少し調子に乗って油断をし、漬け物や刺身に
醤油をかけすぎたりするといつも
「親父が今こうして笑うて居れるんは、半分はお袋のお陰だよ」
と、塩分を制す手段としていつもあの時の話をする。
これがいちばん効き目があるのだ。
今では本当に笑い話のように振り返る。

<父の故郷 島根への墓参りにて>
何はともあれ あなた達の笑顔と元気にいつも感謝です。