今回の「ALWAYS三丁目の夕日'64」には
泣いた笑た。
初回からの三作目だが
毎回の様に映画を構成するすべての要素に気配りと正直さを感じる。
丁寧に物事を運んでいる事への信頼は
その人や作品を好きになる上での僕にとっての一番の大きなきっかけになる。
最後にBump of chickenの「グッドラック」で撃沈や。
そんな歌が書きたいんや、そうやそれや!という想いやで。

小学生の頃、ある日の夕方頃だったろう
親父がニコニコして玄関をあけて家に帰ってきた。
「来たで、来たで!」
父ちゃん、何が来たん?
「車買うてきたで!」
父ちゃん、車買うてきたん!?
「おう、ほうよ。早う、乗れーや!
おかあちゃん何処や?
おーい、来たで!早うせーや!」

都志見家にはじめて車が来た。
親父が中古で買ってきたトヨタパブリカ。

僕ら弟と一家四人は暗くなりかけた町を
そこどけ!とばかりにライトをつけながら
母の弟の住む四つくらい先の町に向かって走り出した。

きっと、誰かに見せたかったに違いない。
そしておそらく我ら家族が成し遂げた
マイカーを所有するという行為に隠れた、もっと大きな
家族という力強さとか安心感とかそういったひとつの結束力を得たような感動を
子供は子供なりに、両親もそれぞれにに感じていたに違いない。

そんな時代だったからこそ、少々貧乏でも幸せを感じる要素は
お金以外のところにもたくさん転がっていたような気がする。

今回のALWAYSー三丁目の夕日64はそんな僕の個人的な想いと
時代背景が思う存分重なって一種のフラッシュバック状態だった。

無責任な言い方だが、日本はドン!と一度、船底まで堕ちないとダメだろう。
体全体を使って底から這い上がろうとする力以外に今の日本を支えられるのかな。
中途半端にぶら下がっているから腕の力しか使えない。
元に戻れなくなったら、原稿用紙をちぎって丸めて
また最初から筆を落とす作業も必要だと思う。
曲も、いいとこだけ残してなんとかしようと思うから
脳味噌が煮詰まり、出汁も不味くなる。

そう言えば僕が東京の親父と慕うお方の話を思い出した。
当時、立川から新宿までまだ砂利道だった若き日の甲州街道を
はじめて買った黒塗りの車に仰け反って煙草をフカシながら運転していたそうな。
立川から新宿まで走っている間にすれ違った車はたったの三台だったらしい。
あの時代はさぞトッポイ格好だと思っていたが今写真を見るとわらっちゃったよと
仰っていたのを思い出す。
僕の母親と同学年 なので今年で76歳になられるが
見た目は元気でも中身はだいぶガタがきてるよと仰る。

時代というものは発展もするが、その陰にゴミも溜まる。
モノだけではなく、考え方や価値観や心の持ちようまで
時代の流行りものとして納得する必要がどこにあるんだろう。
今の時代だから仕方がないと問題を意識することもなく流れてゆく日々の生活は
人間の喜怒哀楽まで時代がこうだからと本質を簡単に歪められてしまいそうだ。
だから、人も時代もバグったら一度リセットすべきだと思う。
多くを失うリスクもあるが、違う何かを得るスペースだってできる。


20年前くらいに買ったわりと価値の高かったゴルフ会員権だが
先日会社更生法の適用に踏み切ったと知らせがあった。
つまりお金を持っている人に助けていただく予定なので
とりあえず今後どうなるかわからんけど、まあとりあえずそこんとこヨロシク!
事の詳細を詳しく聴きたい奴は、いついつ何処何処で一回だけ説明会やるからどーぞというこった。
色々と企業努力の能書きもあったが、結局は時代のせいですということに
終始した文言だった。
勝手な言い草だが、不思議になんだかそこまでもう腹も立たない。
こちらも頭のどこかでそんな時代だから仕方がないという前提をもって
思考対処しているのかもしれない。
この野郎と叫んでもどうしようもない。

いずれや必ず僕が音楽をやめる日も来るだろうが、
僕は決して時代のせいなどにしない。
あると思っていた才能がないとわかり、意欲がなくなりましたというだろう。
その原因はと尋ねられれば、
喋ると色々長くなるので、まあとりあえず
時代のせいですと 言うとこ かね。