この穏やかな東京で、何をしても 何を見ても 何に触れても 何だか申し訳ない想いで一杯だが
とにかく色んな事を考えながら日々生活している。
被災地の方々の現状を思うと どんなに不便な事があろうとも
すべてを受け入れ 今までと変わらない態度で生活する事が
一番の協力だと思う。
かねてから計画していた 彼岸のお墓参り。
地震の二日後の3月13日からの予定だったが
期間を縮小して、無事に帰省を終えた。
交通状況も含め、色々と安定しない時期なので 帰省の延期も考えたが
、それこそ不運も己の運と、すべて受け入れる気持ちで二泊三日で。
おかげ様で本当に何事も無く昨日無事に帰京した。
広島でも、もちろんテレビほぼ全局が地震関連で
東京の物資の品薄のニュースも多く流れ
その影響か 広島あたりでも たとえば電池やラジオが
売り切れの店も出て来たようだ。
東京で手に入らないので それこそ地方にまで
品薄の影響が出ていた。
地震当日のその時間は
映画を見るために横浜のららぽーとに居た。
食事を終えて 少しした頃の出来事で
直後、走って表に出たが 自分の立っている地面が
波打つ様を見たのは始めてだ。
3階立ての大きな建物が左右に大きく揺れ
必ず崩れると思った程だった。
自宅に残した犬どもの事も心配で
ガラス食器を中心に入れている背の高い食器棚2本が倒れ
家の中は足の踏み場も無い事
最悪は自宅も半壊している事などを想像したので
すぐに車に乗り高速に向かおうとしたのだが
信号が停電で機能せず 車の渋滞がもう始まっていた。
高速は「通行止め」と掲示板に出たのだが
運良くほぼ最後の一台として都内まで帰る事ができた。
自分の車以外には もう 二台の車しか あの広い高速道路にいなかった。
幸い自宅は 玄関の鉢植えが落ちて割れていたくらいで
犬どもも無事であった。
自宅付近の遊歩道も無数のひび割れが出来ていて
平らだった道も多くの段差が出来ていた。
相当に揺れた形跡を見ながら
東北地方の被災地の現実を想像すると身体が震える。
地球という自然のエネルギーの前に
人間の無力さを本当に痛感する。
しかし、傷ついて横たわった身体を起こし
少しずつ立ち上がってゆく被災地の方々を見ていると
人間の底力の凄さも同時に感じる。
生き方さえも変えてしまう様な今回の出来事で
この先 自分に何が出来るか 何をすべきかを
じっくり考えながら
今はただ 日々自分の仕事をしていこうと思っています。
とにかく色んな事を考えながら日々生活している。
被災地の方々の現状を思うと どんなに不便な事があろうとも
すべてを受け入れ 今までと変わらない態度で生活する事が
一番の協力だと思う。
かねてから計画していた 彼岸のお墓参り。
地震の二日後の3月13日からの予定だったが
期間を縮小して、無事に帰省を終えた。
交通状況も含め、色々と安定しない時期なので 帰省の延期も考えたが
、それこそ不運も己の運と、すべて受け入れる気持ちで二泊三日で。
おかげ様で本当に何事も無く昨日無事に帰京した。
広島でも、もちろんテレビほぼ全局が地震関連で
東京の物資の品薄のニュースも多く流れ
その影響か 広島あたりでも たとえば電池やラジオが
売り切れの店も出て来たようだ。
東京で手に入らないので それこそ地方にまで
品薄の影響が出ていた。
地震当日のその時間は
映画を見るために横浜のららぽーとに居た。
食事を終えて 少しした頃の出来事で
直後、走って表に出たが 自分の立っている地面が
波打つ様を見たのは始めてだ。
3階立ての大きな建物が左右に大きく揺れ
必ず崩れると思った程だった。
自宅に残した犬どもの事も心配で
ガラス食器を中心に入れている背の高い食器棚2本が倒れ
家の中は足の踏み場も無い事
最悪は自宅も半壊している事などを想像したので
すぐに車に乗り高速に向かおうとしたのだが
信号が停電で機能せず 車の渋滞がもう始まっていた。
高速は「通行止め」と掲示板に出たのだが
運良くほぼ最後の一台として都内まで帰る事ができた。
自分の車以外には もう 二台の車しか あの広い高速道路にいなかった。
幸い自宅は 玄関の鉢植えが落ちて割れていたくらいで
犬どもも無事であった。
自宅付近の遊歩道も無数のひび割れが出来ていて
平らだった道も多くの段差が出来ていた。
相当に揺れた形跡を見ながら
東北地方の被災地の現実を想像すると身体が震える。
地球という自然のエネルギーの前に
人間の無力さを本当に痛感する。
しかし、傷ついて横たわった身体を起こし
少しずつ立ち上がってゆく被災地の方々を見ていると
人間の底力の凄さも同時に感じる。
生き方さえも変えてしまう様な今回の出来事で
この先 自分に何が出来るか 何をすべきかを
じっくり考えながら
今はただ 日々自分の仕事をしていこうと思っています。