自分の人生で
転機となった出会いが三回ある
人生の節目となり得た出会いが三回
最初は高校時代
新聞配達をしていた頃の販売店のおじさん
次は東京行きのきっかけとなった
洋装店の先生
三番目がボス

Boss 野崎敏夫氏と
まあ俺の人生においては
唯一さからえない人だろう
この人がいなかったら
音楽の世界でやってこれたかどうかわからない
それほど影響力がある人だ
上京した時の事務所の社長さんで
今日で70歳 俺の母親と同い年だ
以前にも書いた事があるのだが
70歳の節目ということもあって今一度書こうかなと思う
僕が18歳の時 広島まで
迎えにきてくれた時がちょうど40歳
あれから30年たったわけだ
第一印象は自分の親父にないものを
すべて持っている人だなあって感じた
広島市公会堂の脇の喫茶店で
待ち合わせをして一時間くらい喋り続けた
最初で最後のビッグチャンスがごとく
当時の音楽に対する情熱を
とにかく頭に出てくる順に言葉にして
そして喋ったと思う
最後に ”わかった。お前東京でやってみろ” って言われた。
情熱だけで歌ってた二年が過ぎた頃
”お前、ニューヨークで勉強してこい”って突然だった
一度NYに訪ねてくれた時
暑いからと高価なワイシャツの袖を
ザクザクとハサミで切ってた
帰国して最初に
作曲のチャンスを与えてくれたのも彼だった
そしてその曲がオリコン一位とった時
静かに喜んでくれた
事務所を離れて独立したいって言った時
”お前がそれで幸せになるんだったら”って言ってくれた。
作曲家としてバリバリやり始めた頃
”まだまだだな” って怒られた
結構煮詰まって曲が書けない時期に
テンションあげて会いにいったら
心を透け透けに見透かされた俺は
一言も喋る事なく説教された
ハワイで初めてのゴルフを一緒にやった時
僕のボールの上を
よそ見しながらカートで踏んでいきやがった
ちょっとカラオケで
聞いてほしいヤツがいると紹介されたのが
デビュー前の反町隆史だったりした
”お前は女には純情だから”と未だに言う
昔から変わらぬ5万回聞いた話を
今でも最初からする
音楽が大好きで大好きな人
30年前ビルのワンフロアにあった事務所が
昨年自社ビル移る時
今までボスを支えてきたものは何ですか?
って聞いたら即座に
"意地だよ” って言った。
あれから30年
何かあると声をかけていただき
俺も今ここにたっていられると実感する
これからもその背中を
追っかけていきたいなあと思う
ずっと元気でいてくれ!
Happy Birthday BOSS!