世界フィギュアとその関連特番の録画を一気に見た日曜日。エキシビションはまだだけど。
先週日曜日の特番で羽生結弦が言っていた「ジャンプ自体が『演技』となる」という名言。
そうそうそれなのですよー!
全盛期のプルシェンコにグッと来たのは、まさにそれ。手に汗握らずに見られるジャンプ。
そんなプルシェンコの時代が終わろうとしていたところに現れた羽生結弦。
男子フィギュアって、日本勢はどうしても外国勢に劣る(色んな意味で)ので、あまり興味が無く選手たちのこともあまり知らなかったけど、羽生結弦はちょっと気になる選手で、その気になった理由が、今日の特番録画を見てはっきりしました。羽生選手自身が目指すところ=やろうとしてることが、このところカタチになりつつあって、その演技が、プルシェンコに感じたものと同じものを日本選手に見いだすことができたから、なおさらグッと来たんだろうね。
そう気づいて羽生選手のスケーティングを見ると、ジャンプの着地後の手の動きが『演技』感を演出していることがわかった。大半の選手は着地を安定したものにするために、着地直後の手には優雅さが無い(それどころか着地直後以外のときもかも…)。バレエではないから、指先まで神経を行き届かせる必要はないのだろうけど、羽生選手は手の表情がとても細やか。羽生熱が上がってきたとき「とにかく手がイイ!」としか言えなかったけど、今日からはその「イイ!」理由がはっきりわかったのでスッキリ。
結局、表現者の手が好きってことだな。亀治郎といい、羽生結弦といい。
うん、そうそう。亀治郎(現・猿之助)との共通点といえば、動きが私の理想とする軌道を描いているところ。日本舞踊とかを見ていても、体の反らせ方といった造形的なさじ加減や、手の返し方といった物理的なタイミングが気持ちいいと好きになる。フィギュアでいえば、いわゆる「表現力」と言われるものだと思うけど、他に「表現力がある」と言われる選手はたくさんいると思うけど、要は好みかどうか、ということ。羽生選手には、これまで見たフィギュア選手にはない、私の感性を刺激してくれるものがあったようです。
…なにこれ、亀治郎に匹敵する感じ? 否定はしないけど(´∀`)
先週日曜日の特番で羽生結弦が言っていた「ジャンプ自体が『演技』となる」という名言。
そうそうそれなのですよー!
全盛期のプルシェンコにグッと来たのは、まさにそれ。手に汗握らずに見られるジャンプ。
そんなプルシェンコの時代が終わろうとしていたところに現れた羽生結弦。
男子フィギュアって、日本勢はどうしても外国勢に劣る(色んな意味で)ので、あまり興味が無く選手たちのこともあまり知らなかったけど、羽生結弦はちょっと気になる選手で、その気になった理由が、今日の特番録画を見てはっきりしました。羽生選手自身が目指すところ=やろうとしてることが、このところカタチになりつつあって、その演技が、プルシェンコに感じたものと同じものを日本選手に見いだすことができたから、なおさらグッと来たんだろうね。
そう気づいて羽生選手のスケーティングを見ると、ジャンプの着地後の手の動きが『演技』感を演出していることがわかった。大半の選手は着地を安定したものにするために、着地直後の手には優雅さが無い(それどころか着地直後以外のときもかも…)。バレエではないから、指先まで神経を行き届かせる必要はないのだろうけど、羽生選手は手の表情がとても細やか。羽生熱が上がってきたとき「とにかく手がイイ!」としか言えなかったけど、今日からはその「イイ!」理由がはっきりわかったのでスッキリ。
結局、表現者の手が好きってことだな。亀治郎といい、羽生結弦といい。
うん、そうそう。亀治郎(現・猿之助)との共通点といえば、動きが私の理想とする軌道を描いているところ。日本舞踊とかを見ていても、体の反らせ方といった造形的なさじ加減や、手の返し方といった物理的なタイミングが気持ちいいと好きになる。フィギュアでいえば、いわゆる「表現力」と言われるものだと思うけど、他に「表現力がある」と言われる選手はたくさんいると思うけど、要は好みかどうか、ということ。羽生選手には、これまで見たフィギュア選手にはない、私の感性を刺激してくれるものがあったようです。
…なにこれ、亀治郎に匹敵する感じ? 否定はしないけど(´∀`)











