私は『心』の事をよく考えてしまう。

 

それは

好きだからなのか、

それとも他の人の心の機微を

どこかで感じとって生きているからなのか、

 

 

 

どちらにしろ自分にとって

心の事はずっと重要だったように思います。

 

 

 

 

 

そして

最近よく考えるようになっているのが、

 

人類が共通して持っている

『精神の構造』的な見方です。

 

 

 

例えば

身体で言うと、

 

目で物を見て知覚して…

鼻で臭いを知覚して…

肌で触感を感知して…

 

といった

「目」とか「鼻」とか「皮膚」とか、

人類が共通して持っている身体の構造物と同じように、

 

目には見えないけれど

精神にも同じように共通した構造があるよね、

 

という見方です。

 

 

 

 

仏教には

「空(くう)」もという概念があるのですが、

 

その空を

「人が物事を認知する時の仕組みを解説したもの」

と考えると、

 

「空」とは人が持つ『精神の構造』の説明、

とも言えると思うのです。

 

 

 

 

けれど

そんな風に考える人って、

 

自分も含めて

ちょっと変わっていて少数派です。

 

 

 

 

そんな

あるのか無いのかもよく解からない

「精神の構造」なんて話より、

 

「今の気持ち」の方がもっと重要で、

 

今抱えている不快な感覚のを

今すぐにどうにかできるような

そんなテクニックの方が重宝されます。

 

 

多くの人にとって

小難しい構造なんかより

 

今の気持ちの方が緊急で、

なんとかしなくちゃいけないこと。

だから

「構造」よりも対処法のが優先。

 

 

 

 

けれど

思います。

 

対処法だけではいつか限界が来る。

 

 

 

 

よく似た状況下で

 

毎回同じようにつまづいたり、

毎回同じように傷ついたり、

何度も何度も辛い思いをする。

そのループから抜け出せない。

 

 

これは本当に辛いし悲しいことです。

 

 

 

 

 

 

 

 

傷つく

なんとか立て直す

傷つく

なんとか立て直す

傷つく

 

こんな流れは

どこかで止めたい。

 

けれど

どうすればいいか分からない。

 

どんなテクニックを駆使して

その時は立ち直れたとしても、

 

 

何度も何度も

傷を負ったり、落ち込むような事が

繰り返しやって来るのであれば

 

 

 

「どこかが間違っている」

と考える方が健全です。

 

 

 

 

「対処療法」ではなく

根本から変えてしまおう。

 

構造を理解して

「傷つく心の方」を変えてしまおう。

 

 

そういうアプローチなんだけれど…

 

 

メンタルが落ちている時や

落ち込んでいる時、

傷ついてたまらない時に

 

小難しい事なんて

とても考えていられません。

 

 

 

 

だから

 

 

傷ついた心は

ちゃんと手当てしてあげなくちゃい。

 

辛い中がんばった自分のことを

誰よりも自分が認めてあげなくちゃいけない。

 

 

ちゃんとケアしながら

抜け出せるように、

変えていけるように、

 

自分を見直していくのがいい。

 

 

 

 

自分の心を

放っておいたままで

 

人生がよくなって行くわけがない。

 

 

 

人の心は

きっとそういう風に出来ている。

 

自分にやさしい時間も必要ですね。