強い覚悟で
『変わるんだ』って思ってる人は
人生の何かしらにぶつかって、
『このままではいけない』と
強く実感した人だと思う。
特に問題もなく、
変わる必要を感じていない人と、
問題を抱えて
変わるコトを迫られている人とでは、
『覚悟』の差があって当然なんだろう。
...例えば...
誰かに憤りを感じ、
烈火のごとく怒りが噴出して、
収まりがつかなくなったとする。
怒りの矛先は
ひどい仕打ちをして来た人へと向う。
しばらくプンプン怒って
少しだけ頭の血が下がった時に...
それでも、
相手への『恨み辛み』ばかりが出てくる...
でもここで、
その矛先をおさめて
意識を自分へと向ける。
なぜ自分は
こんなに怒れてくるのか??
...怒りの只中で
なかなか出来ないコトだ...
なぜそんなコトをするのか?
怒り以外の感情が暴れた時も同じで、
自分へと意識を向けていく。
自分を『変えていく』には、
自分へと意識を向けるしかないからだ。
自分の感情が荒ぶって
噴出している時にそれをやる。
自分へと意識を向ける。
自分にとっての『不都合さ』が...
虫ずが走るような『不都合さ』が、
反吐が出るような『不都合さ』が、
荒ぶった感情の奥底に必ずある。
その自分にとっての不都合は
自分の醜い姿を写し出してる。
だから『不都合』に感じる。
『不都合』だから感情は荒ぶる。
見たくない。
認められない。
怒りの中で、
なぜ自分は
こんなに怒れてくるのか?
という問いを自分に向け、
意識を自分に向けるのは
不都合を見るためだ。
...
見たくないモノを見て
認められないモノを認める
...
一番難しい『変化』
本当に『変わる』というコト
そんなコトが
覚悟なしにできるのかい?
変わったからどうなると言うのか?
そんな怒りが出てくる人もいる。
ただそれは、
まだ『誰かのせい』にしていたい
というコトなのだろう。
自分の感情は
『全て自分のモノ』として扱う...
『自分のモノ』だからこそ
自分の意思で全てが変えられるようになる。
一度でも意図的に
『変えた』コトのある者は
薄々でもその『力』に気づけるようになるのだろう。
変わるとは偉大な力だ
...ただ本当に覚悟がいるでけ...
