自分に意識を向ける...
すごく大切なコトなんだけれど...
なかなか
言葉だけでは伝わらないなぁ...
という感じだ。
怒りが出てくるのにも
自分の中に
ちゃんとした『理由』がある。
『感情的な理由』ではなくて、
『あなたがそんなコト言うからでしょっ?!』
というのとは違う、
システムチックな
『人の心の構造的』な
理由があるんだよね。
心理学は
そういう心のコトを
たくさんの人達が実際に観察して
体系的にまとめた
『心の教科書』
みたいなモノのように思っています。
そこに書かれている事が
『全てではない』けれど...
心の世界は底が無いから...
『人間ってそういうモノなんだな...』
『そういう傾向が人にはあるんだな...』
と、
少し引いた所から自分を見れたなら
上々なんだと思う。
そうやって少し引いて
自分を観察してみないと...
感情的に
『あなたが悪いんでしょっ?!』
って言ってる間は、
自分のコトなんて見れやしない。
自分のこころも見れないでいるのに...
相手のこころなんてさらに見れない。
...自分のコトで手一杯だ...
感情に飲み込まれて
冷静に考えるコトが出来ないから。
...感情的になっちゃうと
冷静には考えられない...
これも
『心の構造』なんだと思う。
自分に意識を向ける...
それは自分を見て
その自分を分析するコト。
そして
少しづつ自分を知っていく。
人のこころは見えにくい。
特に自分のこころは見えにくいよ。
感情や思い込み、
常識だったり、
擦り込みだったり...
こころのキズであったり、
そんな、いろんなモノが
何層にも複雑に重なってるのが
こころなんだと思う。
感情的になったままでは
自分のこころは
絶対に見えやしないだろう。
自分のこころを知らないまま
生きていくのは
『なんとなく』
『こういうモノだから...』
『みんなそんな風だから...』
と生きていく...というコトに思える。
それは
僕には『地獄』だった。
僕には『無理』だった。
『だった』なんだよね。
観察して分かったコトなんだよね。
自分のこころを無視して生きる...?
そんなの無理だから...
どう生きる??
自分を知って、
そこから始まる生き方を
僕は選んでいく。
自分を知った上で
どう生きていく??
死ぬまでその繰り返しだ。
自分を見る...自分を知る...
自分を見る...自分を知る......
では生きられない。
そういうモノだから...では
納得出来ない。
そんな理由で
死ぬまで『地獄』で生きるなんて...
耐えられそうにない。
ただ
自分の命を生きたい...
僕の望みは
それだけなのかもしれないな...
自分を大切にしよう。
