古賀拓也のブログ【彩-IRODORI-】 -11ページ目

道で死んでるセミを見て

たまに自分の名前を入力して検索をかける。
世間との繋がり具合はどうなってんのか、っていう確認の意味含め。
今Googleで検索すると、1番目にTwitter、2番目にこのブログ、
3番目にビアンコファンの方が書いてくれた日記の記事。
自分のホームページは8番目。SEO対策が甘いね。

で、9番目になぜか古賀拓也の姓名判断が。
書かれてること見ると、なんだかあまりよろしくない。
以前どこかでちらっと調べた時も、似たような感じだった。
弟もどこかで見てもらった際、あまりよろしくなかったとのこと。

いつだったか、実家で弟とそんな会話をしてたら、母ちゃんが謝ってきた。
「そんなの何も知らんで決めてから、ごめんね。」って。
いやいやいや。そんな。

東京にはあまりいないみたいだけど、福岡には古賀姓が多く、
学生の頃はクラスに2、3人は古賀さんがいて、
僕の名札は「古賀 た」もしくは「古賀 拓」となっていた。
ほとんどの友だちや先生からは「拓也」って名前で呼ばれてきた。

「自分の生きる道を切り拓(ひら)いていけ、って意味たい」って
小さなころに父ちゃんから教わった。
僕は両親からつけてもらったこの名前が好きだ。

人生において何か大切なことを決断する時、両親のその想いが浮かぶ。
いろんな人から助けてもらいながら、迷惑かけながら、
好き勝手してばっかだけど、でも、自分で選んできたこれまでの人生。
ずっと背中を押してもらってる気がしてます。

あと1年ちょいで40だし、いまさら姓名判断がどうだろうが
しったこっちゃねー。って舌を出しつつ。
いつまでもその想いに恥じないよう、
これからの人生をしっかり生きないとな。

とかなんとか、道に落ちて死んでるセミをみつけて、
20歳のようなことを考えてみた。がんばれおれ。笑

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ちなみに僕の名前、2番目の候補は「竜太」だったそうです。笑
そんなの聞くとおもろいね。