古賀拓也のブログ【彩-IRODORI-】 -9ページ目

母の上京

11月13日は母の誕生日。

今年のこの日、ビアンコネロが東京でワンマンライブを開催するってことで、
弟と話して、母ちゃん招待しようや、ってことになった。

長崎、佐賀で生まれ育った母と福岡の筑豊で生まれ育った父は
東京の写真スタジオでカメラマンとして働いてた頃に出会って結婚した。
間もなくして福岡で生まれた僕の本籍は、東京都文京区にある。
以来、母にとっては約40年ぶりの東京。
(と思ってたけど研修会とかで知らん間に2、3回来てたらしい)
どんな風に目に映るかな、どこを案内しようかな、
そんなこんなで緊張しつつ悩んでる間に当日を迎えた。

羽田まで迎えに行くつもりが、ひとりで高円寺まで行くって聞かないので、
高円寺までの乗継詳細をメールで伝え、部屋の片付けをしながら待機。
「高円寺到着しましたグッド!」ってメールが届いたので駅へ。


僕の人生は福岡での34年と東京での5年で大きく2つに分かれてて、
それぞれの日常と心持ちと、それぞれにくっきりとした輪郭がある。
高円寺駅でちょこんと佇んでる母を見つけた時、
その輪郭がほどけて、毎日見慣れた景色がぐにゃぐにゃになって、
立ってる場所を見失ったような感覚で一瞬ポカンとしてしまった。

大きな袋を手に提げていて何かとたずねると、
弁当作ってきたけん、あんたんちで食べよう。と。うおー。

狭い我が家の小さなテーブルに、34年間食べてたものが広がる。
同居してる2匹のカメに、はじめましてと挨拶をしている。
窓の向こうの景色を見ながら、へぇ~、ここで毎日暮らしようとね。と。
また現実感がなくなりポカン。


考えたあげく、東京で一番見てもらいたいと思った景色は、
どんな観光名所よりもやっぱり高円寺の街だった。
ここやあそこで飯食ってる、ここやあそこにスーパーがあってカフェがあって
服や小物や本や雑貨があってなんやかんやで。
フェスでにぎわう高円寺をぐるっと1周し、
この街でこういう暮らしをしてますよ、って
それを伝えるのが一番喜んでもらえるかなーって。
最後に駅にくっついてるホテルのチェックインを済ませ、
ビアンコネロのワンマンライブ会場、青山月見ル君想フへ。


息子の現場では絶対に目立ちたくなくてこっそりひっそり陰から観たい人で、
福岡でのライブ時には終演したら真っ先に帰るんだけど、
この日ばかりは帰れんので、終わったら待っといてと伝えた。
母の誕生日、上京について僕がTwitterでつぶやいてたこともあり、
終演後にはファンの方数名から声をかけていただいたようで、
恐縮して照れながらも喜んでました。ありがとうございました。

日頃東京でお世話になってる関係者の皆様に挨拶を済ませ、
最後にメンバーと一緒に記念撮影。
おれ、なんだかやけに太ってるんですけど!鏡で見てる感じと違うんですけど!
でも母ちゃんもたかしも稲田もけんぢもそのままの写りなので、
僕もそのまま写ってるってことでデブなんだなぁ。やせよーまじで。
でもこの写真はお宝なので、プリントして大切にするんだぜ。



母は今朝早くホテルをチェックアウトして、
月曜日の通勤ラッシュに揉まれながら浅草へと向かいました。
現在東京に住んでる古い友人と一緒に少し観光して、おしゃべりして、
そのまま福岡へ帰るとのこと。

招待しよう、と意気込んで誘ったのに、弁当作ってくるし、
僕の部屋を見回してモノが多いとあれこれ捨てながら掃除するし、
空港まで迎えに行くのも見送るのも絶対にいらんと言うし。
昨日家を出る際には封筒を取り出して、
僕と弟で支払いを済ませてた今回の旅費を置いていきやがった。
頼むけん招待させてくれと懇願しつつ封筒を返すも、
いやだいやだとギャーギャーわめきながら転がりのたうちまわり拒否。
あとでこっそりカバンに入れとったら叩くけんね!
そんでもう東京には来んけんね!と先読みされて脅される始末。
もー笑うしかない。

駅の改札を抜け、中央線のホームへと向かう姿を見送り終えると、
高円寺はまたいつもの街に戻った気がした。
でもその輪郭は少しだけ変化してて、僕の中でくっきりと分かれていた
東京と福岡の境界線は、少しぼやけてにじんでくっついた気もする。


今回、母と弟はライブ会場で会って少し話をしただけなんだけど、
東京でもこうやってライブができてて、たくさんのファンの方が
見守ってくださってるんだってことを見れたのがなによりで、
それだけで充分だと。

「恩返ししたいって言うんなら、あんたとたかしが毎日笑って
東京でがんばって暮らすことが恩返したい。」

うん、招待するとか旅費を出すとかそんなことよりも、
この世に産んでもらった僕らが人生を謳歌することが最大の恩返しなんよな。
そりゃそうなんやろうけども。
何か形として返したいと計画した兄弟のたくらみはまんまとねじ伏せられた。
ひとつ歳をとっても母はいつまでも母であって、とてもかなわん。


せめて、みんなで一緒に撮ったデブな写真をあとで送ろう。
モノを贈るよりもきっとそっちの方を喜ぶ人だから。


またこの街で、今日から楽しく暮らします。