大阪府警本部長時代のことだが、ある時H部長がやってきて仕事の話をしているうちに、いきなり「本部長もいらちでしょう」と言う。語調としてかすかに疑問符がついているが、ほとんど断定に近い。「まあ言われてみれば、いらちの部類やね」と答えると「でしょう。私もいらちですねん」とうれしそうな顔になり、その後しばしいらち談議となった。
いらちとは「苛ち」と書いて、関西地方、特に大阪でよく使われる言葉。「慌て者」「せっかちな者」といった意味だが、意味合いは広いようだ。
例えば、上方落語の演目「いらちの愛宕詣り」。ある男が自分のいらちを治すために、女房に弁当と百つなぎという一文銭をつないだものをもらい、さっそく京都の愛宕さん(神社)へ向かう。ところが生来のいらちのため次々とヘマをするといった話で、単純な笑いに包まれた落語である。
ここでのいらちとは、「落ち着きのない、おっちょこちょいの慌て者」ということだが、そういう意味ではわれわれ2人とも断じていらちではない。しかし「せっかちだ」と言われれば認めざるをえない。もっとも、それも職業病のようなものだと意見が一致した。
何か問題なり課題を抱えると、まずは状況を把握し、先の見通しを立て、しかるべき手を打つ、というのが責任者たる者の思考であり、それも早ければ早いほどと思うのも偽らざる心情であろう。そう考えると、いらちとは物事が順調に推移しているときに覚える快感なり、安心感の裏返しのようなものだ。「長たる者はすべからくいらちである」とまことに得手勝手な結論に達し、いらち談議は無事終了した。しかし、いらちが避けがたい心情であるにしてもその上でひとつ大事なことがある。
平成8年12月17日、ペルーの首都リマにある日本大使公邸が武装集団によって多数の人質とともに占拠されるという事件が発生した。結果は周知の通り約4カ月後の翌年4月22日、ペルーの特殊部隊が突入して、ペルー人の人質1人と隊員2人が犠牲となったが、日本人を含む残り約70人の人質は、大けがをされた方はおられたものの無事救出された。人質の方にとっては長い長い4カ月であったことは想像に難くない。
当時私は警察庁の外事課長で、事件発生とともに現地に飛んだ。しかし、かねて知り合いのペルー治安当局の担当者が人質となっており、状況把握といってもゼロからの出発となった。そして新しい相手とようやく気心が知れるようになって、「解決までどれくらいの日数がかかるだろうか」と尋ねると、「長くて6カ月」と言われた。その時点で別段、具体的根拠のある話ではなく、経験からくる相場観のようなものだった。状況が次第に分かってくるにつれ、人質の方には誠に申し訳なかったが、長期戦を覚悟した。
そのころ、現地のホテルで朝起きると必ず自分に言い聞かせていたことがある。それは「あわてない、あわてない、一休み、一休み」という、あの一休さんの言葉である。一休みとは何事かとしかられそうだが、それが絶対的に必要だったのである。いらちと一休さん。正念場にあって即物的、二律背反的だが、正に心すべきテーマであった。(よねむら としろう)
いらちとは「苛ち」と書いて、関西地方、特に大阪でよく使われる言葉。「慌て者」「せっかちな者」といった意味だが、意味合いは広いようだ。
例えば、上方落語の演目「いらちの愛宕詣り」。ある男が自分のいらちを治すために、女房に弁当と百つなぎという一文銭をつないだものをもらい、さっそく京都の愛宕さん(神社)へ向かう。ところが生来のいらちのため次々とヘマをするといった話で、単純な笑いに包まれた落語である。
ここでのいらちとは、「落ち着きのない、おっちょこちょいの慌て者」ということだが、そういう意味ではわれわれ2人とも断じていらちではない。しかし「せっかちだ」と言われれば認めざるをえない。もっとも、それも職業病のようなものだと意見が一致した。
何か問題なり課題を抱えると、まずは状況を把握し、先の見通しを立て、しかるべき手を打つ、というのが責任者たる者の思考であり、それも早ければ早いほどと思うのも偽らざる心情であろう。そう考えると、いらちとは物事が順調に推移しているときに覚える快感なり、安心感の裏返しのようなものだ。「長たる者はすべからくいらちである」とまことに得手勝手な結論に達し、いらち談議は無事終了した。しかし、いらちが避けがたい心情であるにしてもその上でひとつ大事なことがある。
平成8年12月17日、ペルーの首都リマにある日本大使公邸が武装集団によって多数の人質とともに占拠されるという事件が発生した。結果は周知の通り約4カ月後の翌年4月22日、ペルーの特殊部隊が突入して、ペルー人の人質1人と隊員2人が犠牲となったが、日本人を含む残り約70人の人質は、大けがをされた方はおられたものの無事救出された。人質の方にとっては長い長い4カ月であったことは想像に難くない。
当時私は警察庁の外事課長で、事件発生とともに現地に飛んだ。しかし、かねて知り合いのペルー治安当局の担当者が人質となっており、状況把握といってもゼロからの出発となった。そして新しい相手とようやく気心が知れるようになって、「解決までどれくらいの日数がかかるだろうか」と尋ねると、「長くて6カ月」と言われた。その時点で別段、具体的根拠のある話ではなく、経験からくる相場観のようなものだった。状況が次第に分かってくるにつれ、人質の方には誠に申し訳なかったが、長期戦を覚悟した。
そのころ、現地のホテルで朝起きると必ず自分に言い聞かせていたことがある。それは「あわてない、あわてない、一休み、一休み」という、あの一休さんの言葉である。一休みとは何事かとしかられそうだが、それが絶対的に必要だったのである。いらちと一休さん。正念場にあって即物的、二律背反的だが、正に心すべきテーマであった。(よねむら としろう)
