学内冊子『Socially』に当会を紹介していただきました。

11月3日希望の日のメッセージについて書かれています。

担当の方から連絡をいただいてましたが、大きく書かれていて感激してます。

岩手沿岸の中高生女子に援助物資を届ける会

2011年3月11日の東日本大震災後、
東北から離れていても
何かできることがないかと思っていらっしゃる、
温かいココロをもったあなたへ。

...
この度、福島ひまわり里親プロジェク代表の
半田真仁氏をお招きして
「福島ひまわり里親プロジェクト」にかける思いに
触れる機会を つくりました。

あなたのちょっとした真心と一歩が
福島の“空気を勇気に”変えます。

東北の人々が流した“涙を夢に”変える
お手伝いができます。

半田真仁氏のお話を聴きながら、
今わたしたちにできること、
一緒に考えてみませんか?


【福島ひまわり里親プロジェクトとは(パンフレットより
引用)】
  
 2011年3月11日に発生した東日本大震災の後、福
島県に「復興のシンボル」としてひまわりを植えようとい
う動きが広まりました。
  そこで、わたしたちは福島県内の有志で「福島ひまわ
り里親プロジェクト」を立ち上げ、全国と福島の絆をつく
るプロジェクトをスタートさせました。
 1袋(ひまわりの種50粒入り)500円の種を購入し
、福島県外で育て、種を採取し、また福島へ送り返してく
ださる「里親さん」を日本全国から募集しました。   
 現在、全国46都道府県に約16,000件の里親さん
が誕生し、10万人以上の方が関わり、福島を我事のよう
に応援してくださっています。


【半田真仁氏プロフィール】
広島県出身。大学卒業後、商事会社に在職中、日本キャリ
ア開発協会認証のキャリアカウンセラー試験に合格、精神
保健福祉士の資格も得た。
2年間、福島県の若者自立相談員、就職サポートセンター
特別職業相談員を務め、その後「採用と教育」を設立。
組織活性化アドバイザーとして、多くの企業の活性化に携
わっている。
震災以降は復興プロジェクトの5つの代表を務め、そのう
ち、福島ひまわり里親プロジェクトは福島県を応援したい
という16,000拠点、10万人の方を束ね、そのネッ
トワークを利用して今後の県内の支援を検討中。
福島市在住。34歳。


【第1回:尾道市で開催】
日時:2012年4月21日(土)18:30~20:0
0     
※終了後、懇親会あり
会場:しまなみ交流館 大会議室
    0848-25-4073
    JR尾道駅より徒歩約1分
 (〒722-0036 尾道市東御所町10-1)
参加費:1,000円(ひまわりの種付き)
定員:70名

【第2回:倉敷市で開催】
日時:2012年4月23日(月)20:00~開始予定
会場:うぶこっこ家 
    086-523-1050
(〒713-8125 倉敷市玉島勇崎544-1)
参加費:無料
定員: 30名

【第3回:尾道市で開催】
日時:2012年4月24日(火)10:00~12:0

会場:たまがんぞう
    0848-29-4109
    JR尾道駅より徒歩5分
(〒722-0035 尾道市土堂町1-11-16)
参加費:無料
定員: 30名

【第4回:広島市で開催】
日時:2012年4月24日(火)18:00~20:0
0 
    ※終了後、懇親会あり
会場:ノーエン空気系居酒屋「のーえんど~」
     082-249-6072
   広島パルコ本館から徒歩約1分
(〒730-0035 広島市中区本通1-20 文ビル2階)
参加費:1,000円(ひまわりの種付き)
定員:20名

※参加費はすべて「福島ひまわり里親プロジェクト」に寄
付させてもらいます。

お申込み・お問い合わせ:jyoruriyakushi
@gmail.com(①お名前②電話番号③参加日④会
場名⑤懇親会参加の有無 を明記)または090-629
1-6088(渋谷)まで。

【福島ひまわり里親プロジェクトの紹介ムービーはこちら

↓↓↓
http://www.youtube.com/
watch?v=I-4mQJMcukI


http://www.youtube.com/
watch?v=8iV2JaFOLGM


大槌担当からの情報です。

行方不明者を探していらっしゃる方に伝えていただけませんか!

よろしくお願いします。


↓彼女のプログを転記いたします。


゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚


■ちょっと迷いましたが、希望を捨てたくないので書きます。



母を探すため、一年前、私のDNAを県警に提出しました。

当時は混乱していて考えが及びませんでしたが
行方不明の本人のDNAを提出できれば
見つかる可能性が高くなると言う情報を得て、
今朝父に電話しました。

調べてもらったら、以前母が手術したときのものが
釜石の病院にあるらしいとのこと。

詳しいことはまた明日県警に問い合わせてみてから
アップしますが、生前 手術等の覚えがある場合は、
一度病院に問い合わせてみた方がよさそうです。



あなたの大切な人も、早く戻られますように。



▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


昨日の件を県警に問い合わせました。

分かったことをまとめると
□病院からのDNAの提供はあまり例がない。
■ホルマリンに漬けられた細胞は
壊れてしまい、DNAを採取しにくい。
□歯医者にかかったことがあれば、
問い合わせてみる価値あり。
(歯科医院名、かかった時期、保険の種類等)
ということでした。


どんなに小さな可能性でもいい。
できることがあるなら、全てやりたい。

それが家族の思いです。
明日は県警に行って、書類を書いてきます。



▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



県警に行ってきました。

必要書類に記入して、鑑識の担当の方とお話したら

亡くなった方が生前書いたお手紙はありませんか?』
と聞かれました。

切手を貼るとき、舐める人もいますよね。
その唾液から、本人のDNAが出ることがあるそうです。

手紙は遠くの人に出すことが多いので
もしかしたら残っているかも・・・。


心当たりのある方は、ご連絡くださいm(__)m


また、情報を広めていただけると
誰かのお役にたつことがあるかもしれません。

どうぞよろしくお願いします。

いつかは仙人さんの記事です。


あの日より一年以上経過した街....

不安

この一言が一番合っていると思います。
それは、僕自身もです。

そして、
どうしろって言うんだ?
もう、ダメかも....

何と言ってもこの声が一番聞こえてきます。
頭を上げ、震災直後より歩き続けた方ほど...
みんな、口惜しいんです。
諦めたくないけど、どうにもならないんじゃないか?
っていう空気が少しずつ生まれ出しています。

報道されていませんが、孤独死や自ら命を落とす方が後を絶ちません。
あきらめたのではなく、家族を守る為の命を落とした方が何人いると思いますか?
本当に、深刻なんです。

$いつかは、仙人のブログ
砂漠のようになってしまった街
ほとんどの事業主は、事業を再開出来る体力など震災直後からないんです。
事業の代用地どころか、自分の土地さえもまったくどうなるかわからず....
買い上げの話が出たとしても、買い上げがいつ始まるのかまったく決まっていない。
もう、一年ほったらかしなんですよ!
それどころか、土地の価格は震災以前なのか、今の価値なのか、果たして本当に買い上げてもらえるのかもわからず....
5年後どころか、半年後も見えない。
漁港の改修時期すらまったく見えず、漁業の再開も気休めの様な状態....
水産加工会社も規模縮小しての最後の力を振り絞っての再開...
その場所でさえ、復興計画次第では代用地も保証もまったくわからない中、立ち退きになると言われ...
道路は、浸水してしまう場所は、砂利でかさ上げして仮舗装...
沿岸部の命綱の国道45線でさえ、復旧しきれていない...
鉄道の復活は絶望的....
かつては街があり信号や歩道がなければ危険だった場所。
しかし、今は砂漠のようになり誰も住んでいない場所なのに信号をつけ歩道や排水溝を数キロに渡り整備し続けている(復興計画では土盛りすると言われているのに!)
仮設住宅周辺の道路は砂利道で、明かりも無く真っ暗....
下水処理施設も整っていない為、今の季節でも臭い出している状態....

あの砂漠の中での公共事業が、被災者緊急雇用の為?
その場所で、どんな思いで作業していると思いますか?
「街を離れたくない」
この思いがあるから、気持ちを押し殺して声をあげられないんですよ!
そこを、毎日通る仮設住宅のみんなの気持ちが想像つきますか?

『仕事の求人はあるのに人が集まらない』
最近よく聞く言葉です。
集まるわけないんです。
もう、働き盛り世代や子供を持つ多くの人は、とっくに街を離れているんです。
現実的に60歳以上の方が50%を超えている街...
残ったみんなも、あの日に車流されてるんですよ!
緊急雇用で期限付き、いつ仕事が無くなるかもわからない...
事実、3月31日付けで緊急雇用期間終了と言われた方が現れてますから!
そして、期限付き契約社員では、車のローンも組めないし、銀行の借り入れも出来ない。
この沿岸部は震災以前の平均年間所得175万円。
この給料より、今の求人は高いと思いますか?
パートの募集があっても、職場まで通えないんですよ!

これが、現実なんです。





和 RING-PROJECTは、震災復興グッズとして『ガレキのキーホルダー』をみなさんに購入して頂いた利益で、すべてを失ったみんなが1年間生活していました。
震災復興グッズはいつまでも売れるわけではありません。
いったこの先は、どうなってしまうんだ....
やりたい事業があっても、そんな体力は残っていない....
そんな不安の中、今年度の大槌町のモデル事業として認めていただき『被災者緊急雇用』という制度を適応していただき、11人の雇用助成をいただけました。
この制度を適応していただけなかったら、私たちの団体も夏ぐらいには解散状態だったと思います。
現在、仮設住宅や借り入れ住宅や職場を流されてしまった方々の内職者が40名弱。
800円の『ガレキのキーホルダー』で、命をつないでいます。
また、このままでは長く持ちません。
なぜなら、事業主や団体に対する助成は一切ありません。
設備投資に対する助成は一切ありません。
また、利益が出た場合は、返金しなければいけません。
利益を出しても行けない、事業資金を貯めては行けないんです。
そして、年度契約....
この仕組みが『被災者緊急雇用制度』です。
これ以外に、今現在、国が示す個人事業主に対する助成、保証はまったくないんです。
個人事業主が集まり申請する、グループ申請という助成がありますが、こちらは審査が厳しい上、事業を再開するまでの金額を助成していただける訳ではありません。

企業や財団の助成も調べればあります。
しかし、こちらも企画書からすべてを書き上げ審査があります。
それも、募集期間が提示されてから数週間という期間しかありません。
現実的に仮設住宅ですべてを失った方が、この助成をしらべ書式もわからない中、申請出来ると思いますか?

この助成も、限られた団体、企業が取り合いになっているのが現実です。
それも、申請書類制作のスペシャリストをそろえて....

防潮堤ありきの復興計画。
どんなに、早くても完成までには7~8年。
今回の津波で、防潮堤を作る沿岸部は200km。
それと同時に、東海や四国、九州も防潮堤を作り出すと言っています。
この工事と同時に、土盛り区画整理をし街作りをする重機や人が現実的に足りると思いますか?
防潮堤を作ってから、街を作るって、一対何年かかるのか?
仮に、防潮堤が出来上がったときに、街に人がいると思いますか?

僕が書くまでもなく、この沿岸部の方はみんなこの事をわかっています。
でも、事実を認めたくないし、絶対、なんとかなるはずと、半分現実逃避しているんです。

ボランティアに来た方や、メディアの方、TVで見る被災された方々は、
「みんな元気で、こっちが勇気をもらう」
と言います。
僕も、一年前はその一人でした。

しかし、違うんです!!
みんな、必死なんです!
笑っていないと、、、明るい話題を無理してでもしていないと、、、、
生きて行けないんです。
多くの方は希望で笑顔じゃないんです。
絶望から必死に心を守っているんです。

みんなの前では笑顔でも、仮設住宅に戻りドアを閉めて、一人になり夜を迎えると声を押し殺し、泣いているんです!

どうにもならない気持ちと戦っているんです!

その姿を、想像してください!

僕は、口惜しくて口惜しくて、仕方がありません!

自分の力のなさに、腹が立って仕方ありません!


しかし、この状況は、国や行政の責任だけではないと思います。
僕も含め平和ぼけで、何とかなるし、最後は国が何とかしてくれるという気持ちで、生活していたみんなの責任でもあります。
行政に頼りすぎていたんです。

自分たちで立ち上がらなきゃ行けないんです。
そして、支援してくださった民間人のみんなの力を知りました。

民意で動かなきゃだめだ!

その事にも、みんなが気がつき出しています。
しかし、
「どこの声をあげ、どうしたら良いのかわからない」
と言っています。


そこで、僕がやれる事をやってみます。

復興計画を含め生活や将来につての沿岸部みんなの疑問や不安を、アンケートを取ろうと思っています。
今までに市町村行政のアンケートはありましたが、『かゆいところに手が届かない』内容だったし、復興計画の説明も、ちょっとわかりづらかったり、大切な部分を伝えてなかったり....

今現在、各分野の専門家の先生方に資料を制作していただいています。
この資料を冊子にして、アンケートをつけて、大槌町を中心とするすべての住民に配り、集計しようと思っています。
アンケート内容も、僕たち仲間と家族や友人、知人、出来るだけ多くの方から記載してほしい内容を聞いています。

今回、津波被害に合わなかった山間部の方もすべてにも配布します!
被災しなくても同じ街の住民です。
みんなで、町づくりを考えるのは当たり前の事です。
この事に気がつかなかった自分が口惜しいです。
被災者、非被災者で、分けてしまった事から温度差は広がったんです。
このアンケートを復興庁に直接持って行こうと思っています。
ここで、民意で立ち上がる事は、日本の将来にも大きな事になると確信しています!
まず、記載内容、アンケートがまとまりましたら、ここでお書きします!

この数ヶ月で10年先のこの沿岸部の将来が大きく左右すると思っています。
バザー開催を考えていましたが、このアンケート回収しデータ元に、みなさんにご支援をお願いする事になると思います。

この活動を完全に表立ってスタートする時は、日本のみならず世界中の方々にお力を借りる事になるかもしれません。

どうか、お力を貸してください!

お願いします。



被災地の現状を赤裸々に書かれています。

岩手沿岸を忘れ去れれた街にしたくありません!!

協力をお願い致します。






岩手沿岸の中高生女子に援助物資を届ける会


『てんつくまん 300人集会 in 福山』 河村さんとお話しました。

4月22日の(日)18:30~ リーデンローズ 小ホールへど~ぞ~

被災地の経済活性化の為にも仮設に『お米券を届けようプロジェクト』の募金箱を置いていただけます 。


出逢いに感謝

はやとさんの記事です。
前日と一緒に読んでいただくと被災地は津波から一年が過ぎましたが、住民主体ではない様子が分かると思います。
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
今日も仕事で鵜住居地区に行ってきました

男達の野望の仮設も完成間近
ホームセンターの看板も完成してました

ワクワクしながら眺めてますが、、、、

釜石市の計画では、旧釜石北高校の跡地が仮設ショッピングモールのはず

道路を挟んだ向かい側にも仮設の建物を建築中です!

ずーと気になってました、今日やっと何の建物なのか判明しました

案内板に国土交通省三陸道管理事務所
まぁー、コレは必要ですね

でもさぁ
その敷地内に見覚えのある仮設の建物がズラリ

風徐室付きの玄関が並んでる

もう皆さんお馴染みの仮設住宅です

はぁ

もしかして、公社代わりの仮設住宅
ちょっと待てよ

そこから1、2キロ離れた仮設団地、軽く100世帯分、余ってるだろ

なんで既存の余っている仮設団地を使わない

仮設住宅は確か一つ建てるのに500万円かかるんだよね

何千万使ってるの

その土地に公営住宅建てれたんじゃねぇの

市役所の計画にはダメ出しして4割しか予算出さないくせに、自分達の事になれば税金を無駄に使うのか

国よどこまで三陸を馬鹿にする

野田さん
コレはどういう事なの

そりゃ、消費税も上げないと間に合わないですね
アナタの給料も下げないで

まぁ、裏付け調査をしてませんので憶測なんですが、間違い無いでしょうね無駄に仮設住宅を作ってます

マスコミさーん
調べた方が良いと思いますよ

はるか♪ さんのプログを転記させていただきます。

津波風化防止を切に願ってます!!

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚


先月の1年を迎えた日を境に、何事もなかったかのようなWSの報道。


やっぱりあの日だけだったよね。。


いろいろと特集が組まれたのは…


最近、この場所が自分の場所ではないと感じ始めてここではあまり書きたくないって思っていたけど。。。


それでも、あの震災の事は忘れてほしくない。


去年の4月のブログを読んだら、今より少し前向きな自分がいた。


まだ現実をとらえるよりも、日々の生活に必死な私たちがそこにいた。


読み返して、思い出して泣いたよ。


11日は、1ヶ月経ってやっと繋がりだした携帯の事。娘が学校に行ったこと。娘の制服姿を久しぶりに見た事。家の庭で奇跡的にチューリップの芽が出ていたこと。が書いてあった。


12日にはお風呂に入った事が書いてあった。


何気ない当たり前の事が幸せだ。


去年の4月は揺れ動く気持ちの中でも、今よりちょっとだけ前向きな私がそこにいた。


どうして?


1年経っているのに今の方が不安定で、どうにもできなくて、不安だらけで先が見えないの?


どうして?


どうして?が多い毎日。


私が発信してることは無駄ではない。そう信じたいのにたった数人の言葉や態度で私の心なんて簡単に折れる。


それでも敢えて、今日ここで更新した理由は風化させたくない。


ただそれだけです。


私が更新しない。=復興した。という事ではありません。


現実は復興どころの話ではありません。


むしろ後退してるかも?と思う事の方が多いです。


何の未来も感じられないこの町で、なんでこんなにも物事が進まないのか?疑問に思う事ばかりです。


書きたいことはある。


たくさんある。


伝えたいことだって…


まだまだ復興していません。


いまだに地震の恐怖におびえて日々暮らしています。


先の見えない不安も、今日が精いっぱいな想いも何も変わりません。


それでも、ここで生活してる人がいるという事。


時々でもいいので思い出してください。


ここでしか頑張ることができない。ここで踏ん張っていかなければいけない人がここに生きていること忘れないでください。


それだけは読者の多いこのブログで伝えなくてはいけないと思ったので、こちらに書かせていただきました。


1年と1ヶ月。


黙祷のサイレンも、話題もなくなったけど…


絶対忘れてはいけないんだ!!


海沿いの今は形無き家の玄関だったであろう場所に備えてあるお花を見て…


我が家のいまだに残っているお風呂場を見て…


あんなにきれいだった海岸公園にいくつも出来たとてつもなく大きな瓦礫の山を見て…


いまだに折れ曲がっているガードレールを見て…


半分えぐられている道路を見て…


津波の威力で折れ曲がっている橋の欄干を見て…


全てのあの日の爪痕をこの目に焼き付けて。。


今日も、黙祷を捧げました。。。。。


今日は…


被災地ですら話題に出なくなった11日です!!

今回は当会企画では無く、仮設住宅訪問と蕎麦の振る舞いに参加して来ました。

一緒に行った当会の男子(18歳)は料理が得意なので、蕎麦に入れる天ぷらを揚げてました!!

本格的な手打ち蕎麦なので、大変好評でしたよ。チョキ


一緒に行った会の方がいつも伺っている大畑の仮設にも伺いました。

絵手紙、編み物、手芸を楽しまれている所にオジャマして簡単なシュシュの作り方を教えて頂きました。小学生の子ども達にも作れるので、教会バザーで売れたらいいなぁ~と思ってます!

ここの仮設はとっても暖かくて素敵でした。音譜

お話の面白い自治会長さんで、“行って良かったなぁ”“また、参加したいなぁ”と思ってます。

帰りの車の中で、色々な話を伺い・・・

皆で支え、助け合っての現在だと感じました。

一人世帯も多くて寂しい時もあるでしょう。。。

津波を思い出す事もあるでしょう。。。


会の方が「数年後、私達が仮設で暮らしている方を笑顔で送り出してあげれるように活動をしたい」「また、それが使命だ」と・・・

これからも定期的に訪ねていかれる姿勢に感動してます!

これが、『愛』なのだと感じれた一日でした。


ご一緒していただいた皆様に感謝です!!




先週、被災地の中学校から手紙が来ました。

生徒さんからの文章もありましたのて、紹介させていただきます。


ご声援をくれた方々へ

私は、陸前高田市立気仙中学校3年生の村○聖です。

私は、3月11日の東日本大震災で家や勉強道具、部活道具などいろいろ失ってしまいました。また、校舎も震災でこわれ他の校舎を借りて勉強をしています。

私は、震災で不安や悲しい気持ちになりましたが、皆様のたくさんの温かいご支援のおかげで不安や悲しい気持ちから立ち直る勇気をもらいました。本当にありがとうございました。

これからも、皆様のご声援に答えられるようにしっかり目標に向かってがんばっていきたいです。


陸前高田市立気仙中学校

3年村○聖



他に全校集合写真、生徒会メッセージ「気中復興宣言+α」と津波が校舎に来た時の写真もありました。



岩手沿岸の中高生女子に援助物資を届ける会


はやとさんのプログを転記いたしました。
協力いただけると嬉しいです。
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
いつも温かいご支援ありがとうございます。
支援物資のお願いです。




SGCでは、常時「思い出復旧活動」を行なっております。
写真やDVDは海水や風雨にさらされ、保存状態の悪い状態でSGCへ運ばれてきます。
私たちは、ボランティアさんのお力をお借りしながら、一枚一枚丁寧に洗浄作業を行い、思い出を被災者の皆さまへお返しする活動を一年を過ぎた現在でも継続して行なっております。

そこで、全国の皆さまへお願いです。
現在、洗浄作業後の写真を入れるアルバムが現在不足しております。
是非、温かいご支援をいただければ幸いです。

よろしくお願い申し上げます

郵送先は
026-0031
釜石市鈴子町22-1 シープラザテント隣
釜石市社協 生活ご安心センター
担当:佐々木英之
電話番号:0193-22-2310

となっております。よろしくお願い申し上げます