いつかは仙人さんの記事です。
あの日より一年以上経過した街....
不安
この一言が一番合っていると思います。
それは、僕自身もです。
そして、
どうしろって言うんだ?
もう、ダメかも....
何と言ってもこの声が一番聞こえてきます。
頭を上げ、震災直後より歩き続けた方ほど...
みんな、口惜しいんです。
諦めたくないけど、どうにもならないんじゃないか?
っていう空気が少しずつ生まれ出しています。
報道されていませんが、孤独死や自ら命を落とす方が後を絶ちません。
あきらめたのではなく、家族を守る為の命を落とした方が何人いると思いますか?
本当に、深刻なんです。
砂漠のようになってしまった街
ほとんどの事業主は、事業を再開出来る体力など震災直後からないんです。
事業の代用地どころか、自分の土地さえもまったくどうなるかわからず....
買い上げの話が出たとしても、買い上げがいつ始まるのかまったく決まっていない。
もう、一年ほったらかしなんですよ!
それどころか、土地の価格は震災以前なのか、今の価値なのか、果たして本当に買い上げてもらえるのかもわからず....
5年後どころか、半年後も見えない。
漁港の改修時期すらまったく見えず、漁業の再開も気休めの様な状態....
水産加工会社も規模縮小しての最後の力を振り絞っての再開...
その場所でさえ、復興計画次第では代用地も保証もまったくわからない中、立ち退きになると言われ...
道路は、浸水してしまう場所は、砂利でかさ上げして仮舗装...
沿岸部の命綱の国道45線でさえ、復旧しきれていない...
鉄道の復活は絶望的....
かつては街があり信号や歩道がなければ危険だった場所。
しかし、今は砂漠のようになり誰も住んでいない場所なのに信号をつけ歩道や排水溝を数キロに渡り整備し続けている(復興計画では土盛りすると言われているのに!)
仮設住宅周辺の道路は砂利道で、明かりも無く真っ暗....
下水処理施設も整っていない為、今の季節でも臭い出している状態....
あの砂漠の中での公共事業が、被災者緊急雇用の為?
その場所で、どんな思いで作業していると思いますか?
「街を離れたくない」
この思いがあるから、気持ちを押し殺して声をあげられないんですよ!
そこを、毎日通る仮設住宅のみんなの気持ちが想像つきますか?
『仕事の求人はあるのに人が集まらない』
最近よく聞く言葉です。
集まるわけないんです。
もう、働き盛り世代や子供を持つ多くの人は、とっくに街を離れているんです。
現実的に60歳以上の方が50%を超えている街...
残ったみんなも、あの日に車流されてるんですよ!
緊急雇用で期限付き、いつ仕事が無くなるかもわからない...
事実、3月31日付けで緊急雇用期間終了と言われた方が現れてますから!
そして、期限付き契約社員では、車のローンも組めないし、銀行の借り入れも出来ない。
この沿岸部は震災以前の平均年間所得175万円。
この給料より、今の求人は高いと思いますか?
パートの募集があっても、職場まで通えないんですよ!
これが、現実なんです。
和 RING-PROJECTは、震災復興グッズとして『ガレキのキーホルダー』をみなさんに購入して頂いた利益で、すべてを失ったみんなが1年間生活していました。
震災復興グッズはいつまでも売れるわけではありません。
いったこの先は、どうなってしまうんだ....
やりたい事業があっても、そんな体力は残っていない....
そんな不安の中、今年度の大槌町のモデル事業として認めていただき『被災者緊急雇用』という制度を適応していただき、11人の雇用助成をいただけました。
この制度を適応していただけなかったら、私たちの団体も夏ぐらいには解散状態だったと思います。
現在、仮設住宅や借り入れ住宅や職場を流されてしまった方々の内職者が40名弱。
800円の『ガレキのキーホルダー』で、命をつないでいます。
また、このままでは長く持ちません。
なぜなら、事業主や団体に対する助成は一切ありません。
設備投資に対する助成は一切ありません。
また、利益が出た場合は、返金しなければいけません。
利益を出しても行けない、事業資金を貯めては行けないんです。
そして、年度契約....
この仕組みが『被災者緊急雇用制度』です。
これ以外に、今現在、国が示す個人事業主に対する助成、保証はまったくないんです。
個人事業主が集まり申請する、グループ申請という助成がありますが、こちらは審査が厳しい上、事業を再開するまでの金額を助成していただける訳ではありません。
企業や財団の助成も調べればあります。
しかし、こちらも企画書からすべてを書き上げ審査があります。
それも、募集期間が提示されてから数週間という期間しかありません。
現実的に仮設住宅ですべてを失った方が、この助成をしらべ書式もわからない中、申請出来ると思いますか?
この助成も、限られた団体、企業が取り合いになっているのが現実です。
それも、申請書類制作のスペシャリストをそろえて....
防潮堤ありきの復興計画。
どんなに、早くても完成までには7~8年。
今回の津波で、防潮堤を作る沿岸部は200km。
それと同時に、東海や四国、九州も防潮堤を作り出すと言っています。
この工事と同時に、土盛り区画整理をし街作りをする重機や人が現実的に足りると思いますか?
防潮堤を作ってから、街を作るって、一対何年かかるのか?
仮に、防潮堤が出来上がったときに、街に人がいると思いますか?
僕が書くまでもなく、この沿岸部の方はみんなこの事をわかっています。
でも、事実を認めたくないし、絶対、なんとかなるはずと、半分現実逃避しているんです。
ボランティアに来た方や、メディアの方、TVで見る被災された方々は、
「みんな元気で、こっちが勇気をもらう」
と言います。
僕も、一年前はその一人でした。
しかし、違うんです!!
みんな、必死なんです!
笑っていないと、、、明るい話題を無理してでもしていないと、、、、
生きて行けないんです。
多くの方は希望で笑顔じゃないんです。
絶望から必死に心を守っているんです。
みんなの前では笑顔でも、仮設住宅に戻りドアを閉めて、一人になり夜を迎えると声を押し殺し、泣いているんです!
どうにもならない気持ちと戦っているんです!
その姿を、想像してください!
僕は、口惜しくて口惜しくて、仕方がありません!
自分の力のなさに、腹が立って仕方ありません!
しかし、この状況は、国や行政の責任だけではないと思います。
僕も含め平和ぼけで、何とかなるし、最後は国が何とかしてくれるという気持ちで、生活していたみんなの責任でもあります。
行政に頼りすぎていたんです。
自分たちで立ち上がらなきゃ行けないんです。
そして、支援してくださった民間人のみんなの力を知りました。
民意で動かなきゃだめだ!
その事にも、みんなが気がつき出しています。
しかし、
「どこの声をあげ、どうしたら良いのかわからない」
と言っています。
そこで、僕がやれる事をやってみます。
復興計画を含め生活や将来につての沿岸部みんなの疑問や不安を、アンケートを取ろうと思っています。
今までに市町村行政のアンケートはありましたが、『かゆいところに手が届かない』内容だったし、復興計画の説明も、ちょっとわかりづらかったり、大切な部分を伝えてなかったり....
今現在、各分野の専門家の先生方に資料を制作していただいています。
この資料を冊子にして、アンケートをつけて、大槌町を中心とするすべての住民に配り、集計しようと思っています。
アンケート内容も、僕たち仲間と家族や友人、知人、出来るだけ多くの方から記載してほしい内容を聞いています。
今回、津波被害に合わなかった山間部の方もすべてにも配布します!
被災しなくても同じ街の住民です。
みんなで、町づくりを考えるのは当たり前の事です。
この事に気がつかなかった自分が口惜しいです。
被災者、非被災者で、分けてしまった事から温度差は広がったんです。
このアンケートを復興庁に直接持って行こうと思っています。
ここで、民意で立ち上がる事は、日本の将来にも大きな事になると確信しています!
まず、記載内容、アンケートがまとまりましたら、ここでお書きします!
この数ヶ月で10年先のこの沿岸部の将来が大きく左右すると思っています。
バザー開催を考えていましたが、このアンケート回収しデータ元に、みなさんにご支援をお願いする事になると思います。
この活動を完全に表立ってスタートする時は、日本のみならず世界中の方々にお力を借りる事になるかもしれません。
どうか、お力を貸してください!
お願いします。
被災地の現状を赤裸々に書かれています。
岩手沿岸を忘れ去れれた街にしたくありません!!
協力をお願い致します。