たくさんのみなさんの募金で、桜舞太鼓さんにオーディオマイクアンプと発電機を買ってもらいました。

オーディオが1番ほしかったのだそうです。外での演奏なので

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領収書です。

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届いた音響を開けています。          一緒に記念撮影



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先週の桜舞太鼓の演奏(釜石)


みなさんありがとうございました。(岐阜のみならず他県の皆々様 ありがとうござました)

是非 岐阜で演奏してもらえるようにと思っています。

もし世界が100人の村だったら…の池田香代子さんが来られますよ~
私は11年前にちょうどこの本が出版された頃に福山にお呼びしました~

…素敵に年齢を重ねておられます~

今日夕方18:30~県
民文化センターふくやまでお話されますよ~

青年会議所さんの主催です(イベントにはあなたが主催となっていますが…汗汗)

岩手沿岸の中高生女子に援助物資を届ける会


池田香代子さん 福山駅に到着です
ちょこっとお姉さんなのに 妹みたいでしょ?
かわいいよ~

明日は「子供の日」

そして、日本国内の54基の原子力発電所が、全部止まる日!!

当会も賛同しています。

↓は明日のチラシです。。。

是非読んで下さいm(_ _ )m


5/5「祝!原発ゼロの日」の当日配布用チラシ案です。
ネット上にあげています。
○おもて 
http://ww52.tiki.ne.jp/~soseisha/gempatsu/20120505-01.jpg
○うら http://ww52.tiki.ne.jp/~soseisha/gempatsu/20120505-02.jpg

大槌担当からのお願いです!

協力をお願い致します。

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚


性格上、やらずにいられないので、やっちゃいます!


【3HAPPYプロジェクト、リターンズ】


外灯が少ない田舎道。
一時期より整備されたとはいえ、夜は暗いです。
部活帰りの自転車。
夕飯の買い物、犬の散歩etc・・・
日が暮れると、車からは全く見えません。


あの震災を生きぬいた、大切な命。
それを交通事故なんかで無くしてほしくないんです。だから、夜光反射材を届けたいと思います。
(光るバッジもいいけど、電池交換のことを考えて却下)


小学校でもらった記憶があったので、交通安全協会に問い合わせました。
すると「うちで無料配布はしていない。
各地の警察署で有料で取り扱っている。」
という返事でした。

お世辞にも復興しているとは言えない現状で、わざわざ警察署に買いに行く人っているの!?

多分、いません。

で、じゃあ配っちゃえば?という考えに至りました。

購入先は検討中ですが、目標個数は900個に決めます。
300のキッズには300のパパとママ
そしてキッズがめんこくて仕方ない
じぃじばぁばがいるからです。



仮に100均で購入するとしたら、90000円が必要な計算です。

散歩人口が増える夏前に配りたいので
今日から6月いっぱい資金を募り、
7月始めには路上配布予定です。

賛同してくださる方は、このブログにコメントを書き込んでください。


キッズはもちろん、
キッズたちの大切なご家族も守りたいので
ご協力をお願いしますm(__)m


家に余っていて、お譲りいただける方も大歓迎です。
コメントに、お譲りいただける個数を書いてください。


mixi、Twitter、その他知ってるところに
どんどん広めてくれたら嬉しいです。

4月釜石市と大槌町

初日は小雨 


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家の無い町を走る   毎月走っていても痛々しい 

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大船渡市三陸町の○○中学校におじゃましました。

以前の副校長先生が校長先生になって赴任されたので寄らせてもらいました。

この日は校長先生方は盛岡で校長会があり不在ですがご挨拶に

高台にあり学校は無事、生徒さんもほとんど被災無く、落ち着いた静かな感じ。

副校長先生は前任が陸前高田だったそうで、学校のすぐ前まで津波が来て、学校は避難所になって、学校・病院・避難所等すべての機能が学校に集まり大変だったようです。

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満開の桜の側を通って次の学校へ。

廃墟のような町を走ったからか 桜の美しさが染みる


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駅はかなり高い所にあるのだけど 津波にやられて不通。


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左右共線路はさびついたまま。



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小学校は廃校になったまま 


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堤防も途中で 将棋の駒がたおれたようにくずれている。


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そんなわきを通って旧中学校へ。


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旧中学校の校庭に小学校と中学校の仮設校舎ができている。

校庭が無いので子供を外で遊ばせられない。部活が思うようにできない。野球部も外に出ないと練習ができない。すると移動の時間とお金がかかる。など 大変だそうです。

でも 今月運動会ができるように頑張ってみえます。


左が小学校。右が中学校。

建設中の所は知っていましたが、今回初めて中に入りました。

中学校さんには 岐阜の○○町が町を挙げて支援してくださることに。

町のパンフレットと窓口になってくださるNPOさんのパンフレットをお持ちし、お話をしました。

生徒さんのお写真もいただきました。

NPOさんは5月にフリマをして募金を呼び掛けてくださることになっていますので、事前に写真が行っていますが、その写真を見たNPOさんは「どの写真を見ても胸が詰まる思いで見せていただきました。」とのことでした。

ずっと続いて支援していってくださると思います。私達もそのお手伝いをするつもりです。

大豊さんのサイン入りボールも「夢は自分の両手でつかめ」を渡してきました。

大豊さんがもう引退して時間が経っているし、東北の方だから中日の選手さんを知らなかったり、興味がないんじゃないかと思っていましたら、みなさん大豊さんのことはご存じでした。生徒さんまで知っていると。早速 野球部の顧問の先生と生徒さんも駆けつけ 一緒に写真撮影。

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野球部の生徒さんと校長先生と私

私は大豊さんの生き様に感銘を受けていました。

野球がしたくて、王さんにあこがれて日本にみえました。

つらいことがたくさんあって、一時は台湾に帰ってしまったこともありました。でも 夢をあきらめず 日本に帰って来て、人1倍努力されました。そして あれだけになりました。

夢をあきらめなければ叶うこと・努力は人をうらぎらないこと(ただし努力はすぐには結果がでないのでつらいですが、いつかきっとものになること)を感じてもらえたらと思います。

小学校さんは校長会ではなかったので、校長先生とお会いしてきました。

大豊さんのサイン入りボール「熱き思いをずっと」を渡してきました。

また 地元の荒川の仮設の方々が縫って下さった雑巾数十枚。大変喜んで下さいました。

「いつもなら生徒に1人2枚づつ雑巾を持ってこさせるのですが、仮設にいるためできない。ありがたいです。」と。

そうですね。仮設の方はタオルは欲しいばかり。雑巾にする余裕は無いでしょう。

引き続き岐阜のみんなでも雑巾を作って 今後数年はお届けしたいです。きれいなタオルも。

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校長先生に 地元の仮設の方が作ってくださった雑巾を渡す


他にも仮設に移った学校さんは苦労が多いようです。


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きれいな桜を見ながらまた次の学校へ。

広島支部の友人Tさんの友人(歌手)が歳祝いで歌を披露されたと、大槌担当者より昨日連絡をいただきました。

Tさん達は釜石等でボランティアをして帰られるそうです。。。

繋がりが嬉しいです。


↓は大槌担当のブログより~~

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昨日は大槌で歳祝いがありました。
他地域では、厄払いと言われるこの行事。

それを地元・大槌では「歳祝い」と呼び、
同窓会も兼ねて大きく開催されるんです。

今年は女性が大厄なので、女性はあらかじめお払いを受けました。

そのあとホテルに移動して、中学の同窓会がスタート。

恩師や、16年ぶりに再会した友人たちとたくさん話をしました。


ママになった友達も多くて、子どもの話で盛り上がる人
久しぶりに飲めるー(*^O^*)と喜ぶ人
結婚・仕事・それぞれの半生など話題は尽きず
飲めないのに二次会にも行っちゃいました。

当時の男子は校則で坊主だったので
髪が延びたスーツの男性陣はみんなかっこ良かった(笑)

あの頃はうまく話せなかった人とも会話できて、本当に楽しかったです。

大変な状況の中、打ち合わせや準備をしてくれた
幹事のみなさんのおかげです。
ありがとうございました!

今日はゆっくり休んでくださいね~。




連絡先を交換するのに、
「(慣れてる方の)旧姓で(登録して)いいよね?」
っていうのが、楽しかった。

同級生ってなんかいいですね。

今度は10年後かぁ・・・
どんなふうになってるのか、楽しみです。

漁復活のお祝い福来旗
大漁旗作成費支援のお礼が届きました
第十八 みさご丸
岩手県田野畑村の漁師
佐々木公哉さん
...
関東の中学校の修学旅行のホームステイ受け入れをされて来ました
写真→漁師さんの網糸で出来た 浮玉ストラップとステッカー
元気出して 頑張って欲しいです

お米券もお届けしました

~肥田先生の講話より~


ご紹介いただいた肥田舜太郎です。長い間、待望していた、みなさんのような優秀な方々による内部被曝問題研究会が発足しまして、おそらくこれは世界で初めてだと思います。核兵器に関心を持っている国、あるいは現在、原発を動かしているどこの国でも、内部被曝の問題はほとんど知られていません。特に国民のみなさんには、まったく伏せられています。内部被曝が隠されているからです。それは、やはり放射能というものを利用して、金を儲けようという側にとっては、その被害が詳しく知られるのは最も恐ろしいことだからです。 だから全精力をあげて、内部被曝は害がないと、地球上のすべての国でそう思い込むようにやってきました。
私は広島で軍医をしていて、自分も被爆をしたのですが、偶然、命が助かりました。しかしその瞬間から、殺された人、焼き殺された人、そういうのをいやというほどみてきました。ですから、あの爆弾が原爆だということわかって、その原爆が放射線を出すということがわかるまでには、少し時間がかかりまし
たけれども、基本は放射線が主力の殺人兵器だというふうに私は認識しています。そして67年間、今でも私に相談にくる被爆者がいますから、ほとんど後半の半生は全部、被爆者のために生きてきたといっても、過言ではない生活を送ってきました。
それほど卓越した医者でもありませんし、学問的にもそれほど深いものを持っているわけではない。平凡な町医者です。研究をすることは時間がなくてできません。症例だけはたくさん持っている。そしてそれを今、振り返ってみると、他人が見てああこの人は被爆したんだなと、ケロイドがあったり、やけどをした痕が残っている人がいます。そういう人ももちろん、大変な苦しみを味わったのですが、内部被曝を受けた人には、外からみたのではなんの証拠もない。具合が悪くて医師にかかっても、日本の医師で内部被曝を知っている医師は当時、ほとんどいませんでした。
ですから検査をしたり診察をしても、彼らの持っている医学知識ではどこにも異常が認められない。必然的に「あなたは病気ではない」という言葉が出る。
医師は自分が学んできたことに基づいて、検査の成績にせよ、診断の結果にせよ、どこかに異常があって、それが心臓なり、肝臓なり、すい臓なり、腎臓なり、どこかの内臓に疾患があると判断がつけられない限り病名がつけられない。
ですから私のところに泣いて相談にくる大部分の人は、どんな大きな病院にいって、有名な先生に診てもらっても、あなたには病気はないといわれたのです。
「自分がこんなに苦しんで、まともには生きていけないほど体が悪いのに、なんで医者が診て、病気でないと言えるんですか。」そういってみんな怒ってきます。私はそういう患者ばかりをずっと診てきました。そしてできることは、本人を励まして長生きさせることだけです。その状態を治療する方法がわからない。だから結局は本人に健康を守るような生活を指導して、一緒に長生きしようと言うことしかできなかった。
被団協という日本で唯一の被爆者の組織に加わりまして、たった一人の被爆医師でしたから、結局、私がやった仕事は、20万、30万の、生き残った被爆者の長生きをはかることでした。放射線のいたずらに抵抗して、健康を守って生き抜く。これが私の任務だなと思ってそういう仕事をしてきました。ですから今、日本中を歩いて、いろいろな話を頼まれてますが、みんなが私に要求するのは、「どうやったらこの子を長生きさせられるのか」、「この女の子を結婚させて子どもがちゃんと生まれるでしょうか」、「私もまだたくさん生きて、面倒をみなければならない、長生きできるでしょうか。どうやって生きたらいいのか」
ということです。
だからたくさんの専門家の人が「事故を起こした発電所から、できるだけ遠くに行って、放射線の来ないところで行きなさい。あとは水と食べ物を、絶対に汚染されていないと確かめたものだけを食べなさい」と、そういう指示をする。
みなさんもそういう話をテレビで見たと思います。それができる人が何人いるのか。大部分の人はできません。できないことを教えたって仕方がない。だから私はみんなにできることを言います。それを言ってくれる医者だということで、全国から来てくれ、来てくれと話がくるのです。
それは私が被爆者として、たくさんの被爆者仲間を、ガンや白血病にかからないで、寿命の限り長生きさせようという運動を、何十万の被爆者と一緒にやってきた経験があるからです。結論から言えば、自分の健康を守って、自分の命を何より大事だと本当に思って、その命を損なわないような、理想的な、健康な生活を意識的に努力してやる以外にない。それしかない。私はたくさんの被爆者とそういう運動を続けた経験から、確信をもってそういいます。ほかに名案はない。
もう一つは、「自分と自分の子どもだけは幸せになるという考えを絶対に持つな。幸せになるなら、みんな、同じ母親と子どもが、みんな幸せになる道を考えろ。それには努力をして、日本中の原発を全部とめる。それと世界中の核兵器をなくして、日本の国がんまたまた核戦争に利用されるようなことは絶対にしない。それには勇気を持って、アメリカに帰ってくれと言うことなんだ。そこまで突き詰めなければ、この原発問題は片付かないよ。」とそういう話をして歩きます。
これは思想でもなんでもない。「いまある原子爆弾の放射能という、余計なものの被害で苦しんでいる状態から抜け出そうと思えば、一番それを妨害しているアメリカさんに帰ってもらう以外にしょうがない。原発どころじゃない。
核兵器まで持ち込んでくる。そんな手合いは、もう戦争は終わって、67年経って、もうそのときの償いは、十分われわれはしてきた。明日からまだまだ奉公しなければならない理由は何にもないんだ。そういう覚悟が決まれば、あなたは、放射能と闘って生きる勇気が持てる。」そういう話をしてきます。
みなさんはもうとっくにご承知だと思うのです。直接、外部被曝を浴びる場合は、放射線の強さに一定の条件がある。皮膚を貫いて中まで入るだけの、そういう放射能の強さがなければ、外部被曝で人間の体に害を与えることはできない。しかし内部被曝の場合は、放射線の量、大小は無関係、どんな少量でも入ったら最後、被爆者なんです。入った放射能はたくさんだから危ない、少量だから大丈夫などということはまったくない。
アメリカは、入った放射線が、内部被曝は微量だから、人間の体には害を与えないという何の根拠もないうそを、落とした瞬間からつき続けてきた。たくさんの人がそれに惑わされ、たくさんの大学教授が、研究もしないで、内部被曝は量が少なければ安全だと今でもまだ思ってます。
私は、広島の被爆者の、同じところで、同じ状態で被爆をした人間が、片方が3日後に死に、片方が今日まだ生きている例を知っています。人によって違うのですね。つまり放射線と人間の関係は、その放射線と、今それを受けた人間の健康状態の関係で、それが、その人の将来を決める。同じ状態が起こっても、みんな被害が違う。それをたくさん私は経験しています。福島の人に何マイクロシーベルトでどうのこうのといろいろな意見が出ていて、全部同じように、あなたの子も、向こうの子も、その向こうの子も、同じような条件で被曝をした。しかし明日からこの子達に起こってくる運命は一人ひとり、みんな違う。こっちは100まで長生きするかもしらん。こっちは悪いけれども高校生のと


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グループページ: http://groups.yahoo.co.jp/group/asunimukete/
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基調講演 肥田舜太郎さん:市民と科学者の内部被曝問題研究会 4月22日(日)と記念講演・シンポジウム 1)記念講演 肥田舜太郎 2)記念シンポジウム 司会・松井英介・西尾正道     シンポジストからの発言 沢田昭二(物理学者)「放射線内部被曝研究の現状と課題」 矢ヶ崎 克馬(物理学者)「内部被曝の基礎...

長いですが、お読みください。ユーストリームで、すでにご存知の方は消去お願いします。また、今日午後6時半から市図書館で「瓦礫広域処理」「内部被曝」「尾道で出来る福島支援」についての学習や意見交換を計画しています。ご都合が良ければぜひご参加ください。Oさんより 


■ 明日に向けて(457)命を大切に、正しく生きて、放射線に負けるな(肥田舜太郎さん談)


4月22日に、「市民と科学者の内部被曝問題研究会」第1回総会と、記念講演、シンポジウムが行われました。僕も参加しましたが、この日の会合を持っていよいよ内部被曝問題研は、その歩みを開始しました。僕もその一員として、放射線防護を少しでも高め、より多くの人々を被曝から守るために、なお一層の努力を傾けてまいります。どうかみなさん。ご支援をよろしくお願いいたします。
総会に続く、記念講演会では、名誉会長に選出された被爆医師・肥田舜太郎さんがいつものようではありながら、毎回、胸を打たれる素晴らしい講演をしてくださいました。肥田さんはこの中で、被曝した人にどう接するのかを語られています。いったん被曝してしまったら、現代医療では治すすべがない。でも放射線の害と闘って、病気を押さえ込むことはできる。努力をして生きようと、精一杯、励ますことが大事だと言うのです。 そのためには、「あなたの命がとても尊いものだということ、その命を大切にしなさい」と問うことが核心だと肥田さんはいいます。だから「漫然と生きてはいけない。理想的な健康的な生活をめざさなくてはいけない。正しく生きて、放射線に負けるな」と、励まさなくてはいけないといいます。
・・・実は僕も今、昨年1年間の激しい活動の中で、体を壊してしまっています。多くの人がそうだったと思うのですが、昨年1年間は、われを忘れて走りぬける、そんな1年間でした。しかしその間に、疲労が蓄積し、それが病を生み出してしまってもいます。被曝の影響も多少はあるでしょうが、ともあれ僕は今、免疫力を落とした状態にいます。
そんなことではいけない!肥田さんの言葉が胸に染み込んできました。昨年7月にお会いしてから、さまざまな機会を捉えて、肥田さんの言葉を伝えようとしてきましたが、その僕自身が、もっと自分の体を、命を、大切にしなければいけないと痛感しています。僕が守りたいと思っている一つ一つの命と、僕の命は同じであり、その僕の命を僕が守ることを通じて、僕はよりたくさんの命を守っていきたいと切実に思いました。肥田さんの発言に、感謝したいと思います。
みなさんにもシェアしていただきたくて、発言を起こしましたが、話し言葉を書き言葉に直す為に、僕が言葉を補いました。文責は僕にあることを踏まえてお読みください。なお動画のアドレスも貼り付けておきます。 *********
市民と科学者の内部被曝問題研究会 第1回総会記念講演
名誉会長 肥田舜太郎さん
http://www.ustream.tv/recorded/22041423

仮設でのお花見会に 別の仲間が段ボール2箱ものおつまみとデザートのゼリーを送ってくれます。


みーたんのブログ                                          たくさんのおつまみ。 ビールがすすんで飲みすぎそう ハハハ

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デザートまで。お吸い物に入れるかわいい花の形のふも送ってくれます。

東北のみなさんに お腹一杯食べて たくさん楽しんでもらおうという思いからです。


岐阜の子供達が作った入浴剤・他のグループさんからも募金は学校へ。

募金に付けたバングラディッシュの孤児院からのメッセージや他のグループからの本は学校さんへ手渡し。

仲間みんなの思いに支えられ、みんなの東北への思いを届けに 今日東北へ出発します。