14日(木曜日)に岐阜を出て 釜石・大槌に行きます。

15日(金曜日)は

・幼稚園こども3つを回ろうと思っています。紙でバスバスを作るのをしようかと思います。


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色をぬって 切って貼ったらできあがりです。子ども達はどんな絵を書くのかな?

 シャボン玉シャボン玉も持って行って遊ぼうかと。先月はばたばただったので 今回はゆっくりいたいな

・ 3つの小学校さんに雑巾ばけつをお届けしようと思っています。

 300枚・200枚・150枚ですが もっと集まっていると思います。まだまだ欲しい学校さんはありますので、届けます。

みなさんたくさんの雑巾をありがとうございます。アップリケのついたのもあります。

かわいいです。ハート


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・夕方陸前高田まで行けたらいきたいです。

16日(土曜日)は

・釜石市の○○○中学校さんのバレー部バレーの中体連の地区予選の応援をするつもりです。

 募金で買ってもらった赤のユニフォームユニフォームは 先輩がおいていったそうで、後輩が引き継いでそれを着て 試合をします。

・夕方 大槌町の仮設さんに千羽鶴をお届けに行こうかと思います。


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17日(日曜日)も試合の応援をします。


雑巾岐阜支部では、雑巾を集めています。ぞうきん

協力していただけませんか?

よろしくお願いします!!


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先月 送れて届いた雑巾ばけつの届け先をさがしましたら、もらい手がたくさんありました。

釜石市の小学校さんで 学校は被災はないけれど かなりの子ども達が仮設住宅のため、「雑巾を持ってくるように」と言えない学校さんが3つありました。

「雑巾をお持ちしましょうか?」と言うと「そうしていただけるなら」と大変喜んでもらえました。

「春と秋と年2回 3年程お持ちしたいと思います。」というと「そんなにしていただけるのですか?」と。

「はい 仮設から出られるまで支援したいと思いますが、とりあえずは2~3年は」と。

3校で650枚です。

今一生懸命声をかけて集めています。

来週の木曜日には出発し、金曜日の朝から配る予定です。


まだ数年は配ろうと思いますので、ぼちぼち皆様のご協力をお願いします。

今 配ったのでこの秋は大丈夫かと思います。年末か来春か また学校さんに聞いてみます。


5枚 10枚でもいいです。 

たまりましたら 枚数をメモにでも書いて入れて  送っていただけるとありがたいです。

子供さんたちへのメッセージも入れてもらえるとうれしいです。

送料は負担していただいても着払いにしていただいても結構です。

メッセージをいただけましたら 住所等連絡させていただきます。

お願いしたします。<(_ _)>

1昨日 .市内のある中学校学校さんにお邪魔しました。 


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去年 被災地への衣類Tシャツ。を生徒会が呼びかけて集めてくださり「男の子用Kズボン01」「女の子用」服。等分けて 段ボールに集めてくださったところです。

11月3日の希望の日の取組(3月11日が震災だったので、月日をひっくり返した11月3日を希望の.日とする取組)にも学校を上げて取り組んでくださいました。各クラスでメッセージ集本を作ってくださいました。

震災当初の写真展も開いてくださいました。

 久しぶりに訪問しますと、校長先生が「震災の取組をしてから 生徒が落ち着きました。心の在り方がかわりました。」とおっしゃって下さいました。

先生方のご指導や校長先生の取組・生徒さん達の思いの成果と思われますが、生徒さん達が良くなっていく1つのきっかけになったのなら 嬉しいことだと思いました。

校長先生が「まだお借りしているものがありますよね」と言われ、「まだ続いているのでぜひ見て行ってください」と案内してくださいました。

ついて行ってみると 展示用にお貸しした「ありがとうの詩」がきれいな飾りをつけてかざってありました。

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わ~きれい。こんな風にずーっと大切にし て飾って張り出してあったんだと思うと灌漑深いものがありました。

生徒さん達の純な思いに心打たれます。

「こちらにも来てください」と言われて廊下の入口に行くと、去年の希望の日の取組の写真がビー紙ほどの掲示物になって張ってありました。

「本当は3月末で学年が変わるので 古いものははがして、掲示物は全部変えるのですが、これらはそのまま残ってます。どうしてかわかりませんが、『これ僕のクラス』とか言ってます。」と。

こちらにもあります。と。2回の階段口にも貼ってありました。


いつまでも とっておきたいことだったんだ。(=⌒▽⌒=)

ずっと 思い出していたいことだったのだ。(>_<)

ショウマンは原発反対 さんのプログからです!


☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


四谷のアンパンマンショップに貼りだされたポスター


アンパンマンの作者やなせたかしさんの6月のご挨拶


これを読んで涙が止まらない。


一人でも多くの人に見て貰いたい。

転載はご自由に。

*クリックすると拡大します。

拡大してご覧下さい。



みらいの種 



6月のごあいさつ   やなせたかし


人間なんてアホだから

殺人平気を作ったり

放射能汚染を平気でやり

地震の原因になる

地下核爆発の実験をやり

何もかもメチャクチャにして

いばっている

なんていうことだ

この宇宙の

微妙なバランスを

くずしてしまって

いいのか

金環日食はすごかったが

天体ショーはまだ続く

ぼくもアホ人間の一人だが

こんなアホとは

種類が違う


ロケタッチ新聞 岩手版より転載しました。

チャグチャグ馬っこってご存知でしょうか?

当会のメンバーもチャグチャグ馬っ子に参加する馬のお世話をしています。


゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚


こんにちは、あかねっちです。

今日は快晴盛岡はここしばらく安定した天気です。

杏っちがご紹介していましたが、6月9日はチャグチャグ馬コ が開催されます。
チャグチャグ馬コとは…色とりどりの装束に身を包んだ100頭ほどの馬が、滝沢村の蒼前神社から盛岡市の八幡宮まで15キロの道のりを行進するお祭です。
歩くたびにチャグチャグと鳴る鈴の音は、「残したい“日本の音風景100選 ”」に認定されています。

先日あかねっちは、馬コになる前の馬はどこにいるの?という疑問を持ち、主役となる馬の普段の姿を求めて会いに出かけてきました 。


岩手沿岸の中高生女子に援助物資を届ける会



雄大な岩手山がすぐ近くに見える馬っこパークいわて
入口のアーチをくぐって進んでいくと…放牧中の馬たちが迎えてくれました。


岩手沿岸の中高生女子に援助物資を届ける会
岩手沿岸の中高生女子に援助物資を届ける会


間近に見る馬はとても大きく感じました。



岩手沿岸の中高生女子に援助物資を届ける会

岩手沿岸の中高生女子に援助物資を届ける会


この2頭が「チャグチャグ馬コ」に参加します。
とても穏やかで優しい目をしています。

岩手沿岸の中高生女子に援助物資を届ける会


柵の外では子ヤギが自由に闊歩しています。
馬っこパークは入場無料です。
普段は見ることのない馬たちに触れ合うこともできますよ。

ほかに参加する馬はどこに??
さらにあかねっちは、現在、人間と馬が一緒に生活している南部曲り家を訪ねることにしました。


当会メンバーは、馬っこパークで引き馬のお手伝いを時々しています!パー

おかげさまでチームHAPPYのHAPPY講座も
第4回を実施することが決まっています。

毎回、告知方法に悩んでいますが
今は地道にチラシの掲示やポスティングしかできることがないため、
拡散にご協力いただけると嬉しいです。

大槌の皆さんに楽しい時間と、その後のにつながる知識を
お伝えできたらいいとメンバー一同思っていますので
どうぞよろしくお願いいたします。

第4回HAPPY講座は
第1部 エンジョイFitness
第2部 シニア体操 です。

参加してくれた方には、素敵なおまけがあります。
こちらもお楽しみに音譜

 沿岸の5市町にある仮設住宅計13団地の地権者が賃貸借契約が切れ次第、土地の返還を求めている問題で、釜石市の団地の地権者が自宅を再建する意向を示し、市との契約延長交渉が難航していることが5日、分かった。被災者でもある地権者が生活の立て直しを目指す中、団地で暮らす一部の住民が転居を強いられる可能性もあり、県と市は地権者と交渉を続けている。

 県などによると、今年3月時点で、地権者が土地の返還を希望していた県内の仮設住宅団地は、大槌町6、陸前高田市3、宮古市2、釜石市と山田町が各1の計13団地で、戸数は431戸。その後の協議で、釜石市の1団地を除く12団地では地権者が契約延長に理解を示しており、県は契約の延長は可能と判断している。

 関係者によると、釜石市の地権者は震災の津波で自宅を流された被災者。団地の用地として貸している土地の一部に自宅を再建したい意向で、契約延長に難色を示しているという。

 市とこの地権者との契約期間は2年。来年夏頃で契約満了となる。契約が延長されなければ、この団地では仮設住宅を6戸程度取り壊すことになり、入居者が転居しなければならない可能性も出ている。

 県や市では仮に契約の延長が不可能となった場合、転居の必要な住民には、近隣の仮設住宅団地の空室に移ってもらう方向で調整することになるという。ただし、地権者は自宅の再建時期を明らかにしておらず、県や市は時期を先送りするように地権者と引き続き協議する。

2012年6月6日 読売新聞)

いつかは仙人さんの記事を転載します。

多くの方に現状を知って頂きたいので、拡散をよろしくお願いいたします!!

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚


今、僕自身が感じる大槌町の空気を一言でいうなら
「やり場のない怒りと不安」
そして、
「バラバラ....」
だと思います。
防潮堤ありき
で、スタートした復興計画.....
多くの方が家族も戻っていない中、避難所から仮設住宅や借り入れ住宅に移り、あの日の夢とあの日以前の生活の夢を繰り返す日々、精神的に不安定で落ち着かず、気をしっかり持たなくては!と精一杯の空元気を出して自分を見失わないようにと必死に日々生きている中で開催された復興計画の地域住民の意見交換会、多くの方が、
「いつやったのか知らない!」
「家族が戻ってないのに、そんな場所に行く気分になれなかった」
「あの時間に行ける分けないだろ!」
と言っている中、最後の町のみんなを集めての意見交換会では集まった参加者の質問もまだまだある中で、
「復興の狼煙のポスター撮影があるから、時間がない」
という状態で終了.....
気が付けば、一部の地域を除けば
「元の場所に戻る為には防潮堤必要である
また、防潮堤がなければ復興計画は止まってしまうし復興はどんどん遅れるです。」
という方向に....

震災直後、
多くの方は跡形も無くなった我が家に、いつかは戻りたい
戻るのであれば、1mで高い防潮堤を!と望みました。
しかし、日々が過ぎ1年を迎え、落ち着きを取り戻し出したら
「やっぱり怖い...あそこには戻れない」
と、多くの方がこぼし出しました。
ふと、改めて現状の行政の発表している復興計画を見直して、元の生活までの時間を考え出したんです。
「もう、駄目かも....」
という諦めと
「何でも良いから早くしてくれ!」
という焦り、そして
「怒り」
も生まれ出しています。

防潮堤や土盛りの開始時期、そして完成時期も曖昧のまま....
3500戸以上の方が家を失ったのに災害公営住宅の数は980戸で、予定地も数カ所以外全く決まっていない....
事業主に対しての助成も、寝る時間も惜しんで何週間もかけ申請書類作成しても、ダメ出しばかり....
助成の恩恵を受けているのは、復興関連の団体ばかり....
それも、地元団体じゃないところも多い状況....
やっと職に就けてもほとんどの方は期限付きの緊急雇用....
その求人給料より下手すれば生活保護を受けた方が収入が多い状況が生まれ....
付け焼き刃の高額緊急雇用も生まれた出しても、期限付きでは、車のローンや銀行から借り入れすら組めない状況で人は集まらず....
なぜなら、雇用する事業主もやっとの思いでの事業再開で、来年すらわからない状況ですから...

また、震災直後の大変な時期を過ぎてから過剰な支援を受け続けた方々は
「何とかなるじゃないか?」
と、働く気力を失い....

線路一本で分けられた危険地域と居住地域
危険地域指定を受けた方は自分が住む次の場所さえも、まったく決まらないしわからない....
「順次、買い上げます」
とは、言われていはいるけど、それはどの順でいつからで、いくらかもわからない状態....

まったく同じ被害を受けながら線路一本で分けられた数メートルの土盛りで居住地域指定された方は、
「怖いから、高台に住みたいから買い上げてほしい。」
と言えば、
「それは、個人で売買してください」
との返答.....

商業指定された地域は、防潮堤も全くない中、現状であの日の場所での事業再開する為の助成書類を書く日々....
「もう一度、来たら立ち直れない」
と涙ながらに生きる為、あの日と同じ場所に戻る道しかない状態なんです。

もう、ボロボロです.....

口惜しいとしか言いようがありません....

小さな町です。
町に残ったほとんどの方の家族親類が、行政関連事業に勤めています。

声をあげられないんです。
周りの顔色見ながら必死に生きています。
前にも書きましたが、この沿岸部の震災前の平均年収は175万円なんですよ。
地域のコミュ二ティーで物々交換みたいな文化があったから生活出来ていたんです。
すべてを失ったんです。

防潮堤の高さやある・ないの問題じゃないんです。

今を生きる場所を探しているんです!

小さな建設会社しかないこの町に、防潮堤や区画整理事業を受けられる会社はありません。
すべて、ゼネコン頼み....

防潮堤より何より、町の人は今生きる場所が欲しいんです!

小さな商店や町の事業主は、もう待ったなしなんです!

なぜ、防潮堤や土盛り等を優先する復興計画しか出来ないんでしょうか?

同時に、防潮堤事業や区画整理を終えるまでの期間の代用地を探す人員や借り入れの予算は出せないのでしょうか?

復興関連の予算は浸水域以外に学校や病院等の公共施設以外は、道路を一本通すにも各自治体の予算なんでです。
浸水域を通らずにすむ新たな道を作る体力がこの沿岸部の自治体にあると思いますか?
浸水域の誰も通らない場所の国道の歩道や信号は復旧作業しているのに、仮設住宅への道は砂利道で、浄化槽すら未だに復旧されていないんですよ.....

浸水域を通らないと行けない、浸水炎上した大槌小学校を8億近くの予算を投じての仮町役場補修事業は始まっているのに、小中学校の場所もはっきり決まらず、最短でも平成29年3月まで仮設校舎....

なにが、一番大切なのかを忘れていませんか?

あの日、何とか生き残ったこの町の人間に、
「1000年に一度の今回の津波は防げないけど、明治、昭和クラスの津波防げますから、安全ですから戻って大丈夫ですよ!」
と言うこの行政.....
1000年に一度が、明日来ないと言い切れますか?

戻るしか選択がないのなら故郷の景観など捨てて、1mでも2mでも高い防潮堤を作ってほしい!
と思うのは当たり前でしょ!

なぜ、そこに住む方向でしか考えられないんですか?
このままでは、防潮堤が完成した頃には町に人はいなくなります。
これが僕が感じ、そして僕にこぼす町のみんなの今の声です。

だからこそ、アンケートという形で数字をしっかり出して訴えて行こうと行動を起こしました。

支援のあり方も、本当に難しい時期に来ています。
もう、ガレキ片付けじゃないんです。
物資配給も全く必要ないとは言いませんが、物資でもないんです。
この沿岸部のみんなには、ガレキの受け入れ問題でもないんです!
子供達に思いっきり走り回らせてあげたいんです。
この町には、明日を生きる希望が一番必要なんです。

お願いします、国民のみなさんの血税が、今巨大建造物に最優先で使われようとしています。

生きる場所に使われる道を選んでほしいんです。

生きる場所を見つけられたら、この町のみんなは本当に強いんです!

この状況を、伝えてほしいのです。

盛岡で行われた「東北六魂際」でお会いしたみなさんとお話しして、沿岸の他の地域でも全く同じ状況が多くの場所で起きている事がわかりました。

この沿岸部のみんなが声を上げても届かないんです....

みなさんのお金の使われ道が今決まろうとしています。

力を貸してください。

お願いします。


桜舞太鼓さんに岐阜に来てもらって演奏してもらうのに お金がかなりかかるので、岐阜市の助成金申請を提出しました。書類も予算書を付けたり、年間計画書を付けたりで大変でしたが、プレゼンでアピールすることにもなっていましたので 行ってきました。

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日曜日の午後で くじを引いたら10番目 う~ん 

評価基準が 地域貢献度 問題解決度 だそうでした。

(知らなかった。お金がもらえると書類提出したので  ハハハ) 

たくさんの寄付して下さった方にみてもらいたいと思ったのですが、太鼓をよんで演奏するというイベントでは難しいかも。

プレゼンも他の団体さんは実績をアピールしたり、文字や写真がたくさん入っていて すごかったです。

私のはほとんど字が無く桜舞太鼓の写真ばっかり、ハハハ(プレゼンがあることを知って 慌てて作った事もありますし、事前にデータを持っていくことも知らず 直前に作ればいいと思っていてばたばたでした)

発表時間も 事前にストップウオッチで 持ち時間の6分でいけるように時間を計っておいたのですが、時間あるからゆっくりと。と思ったため 途中でチーンと終了のベルが鳴ってしまいました。肝心の最後の所(たくさんのみなさんが募金してくださったことや桜舞太鼓さんが感謝して演奏してみえること それに報いたいこと  つながりが深まること きっと勇気がもらえること)が言えなかった と悔やまれます。

活動に関してはとても感心してもらえたようです。もしだめなら また 何か方法を考えます。


国際ソロプチミスト西日本リジョンから 表彰状をいただきました 。

忘れないでください !
復興には まだまだ 時間がかかります。



以下
被災地の経済活性化のためにも 被災地仮設に お米券を届けようプロジェクトへの お礼の手紙です。


『震災にあった その日の事 今でもわすれる事ができません。 仮設に入居するまで みんなで力を合わせて来ました。 全国の皆様からの支援に どれほど励まされ 助けていただいたか…

心から感謝致します。

ありがとうございました 。

仮設に入ってからも たくさんの方々の支援を頂いております。

やさしい言葉もかけてくださったり うれしく思います。 がんばって毎日を生きて行く事が恩返しだと思っています。

亡くなった方々のためにも 悲しかったけど 辛かったけど 思い出すけれど 生きて行かなければ 今日も 明日も…

お米券を ありがとうございました』


岩手沿岸の中高生女子に援助物資を届ける会

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