朝日新聞からです。


 震災ボランティアに来る人たちの宿泊所となってきた大槌町の「きらりベース」が9月末で閉鎖され、隣接する仮設商店街が苦境に立たされている。


5カ月間で延べ2千人にのぼったきらりベースの宿泊者は、商店街にとっては「お得意様」だったからだ。

関係者は「商店街の管理で復活させたい」と町との協議を始めた。

 「きらりベース」は5月中旬に開設された。


NPO法人の「遠野まごころネット」が町から旧大槌北小学校の校舎だった建物を借り、助成金をもらって長期滞在している佐賀県武雄市の吉田秀敏さん(59)らが運営にあたってきた。

 当初、町は安全性などの理由で宿泊所として使うことに難色を示したが、吉田さんらの説得で9月末までの契約で了承した経緯がある。

旧北小の跡地は当面の間、大槌高校の仮グラウンドに利用するため、校舎は取り壊される。

 9月末の最後の週末、宿泊者54人を送り出し、きらりベースは閉鎖された。ところが、旧北小のグラウンドに立ち並ぶ「福幸きらり商店街」にとっては、買い物や飲み食いの客がいなくなる事態となった。

 やきとり屋「七福」の小川勝子さん(72)は「暇になりました。視察のバスが来てもトイレ休憩程度なので買い物する暇もないし。急いで閉鎖しなくてもいいのに」。

 9月末の商店街の総会で、「せめて校舎を取り壊すまでの間だけでも活用できないか」と商店街が管理を請け負うことで意見が一致した。

宿泊施設としては管理が難しくても、休憩所として復活させ、商店街への客足を取り戻したい。

 吉田さんは、きらりベースについて「人と人とのつながりや、ジャーナリストらが情報発信する拠点としても使われ、目に見えない効果がいろいろあった」と振り返る。

その上で「地元住民が重要性を再認識し、民意として要望することが大きい。商店街が主体的に管理するなら、引き続き協力したい」と話している。

(東野真和)

会長です!

ガンボジアから、無事帰って来ました。

自己責任と覚悟して行った所もあり、現地での実習等が順調に終了したので、帰国して当分は腑抜け状態。。。aoba

その後、大学の後期が始まり何かと忙しくしてました。


今日、カンボジアの報告を学校で少しだけしました。

沢山、沢山、感じて帰りましたので、興味のある方にこれからも伝えたいと思ってます。


カンボジアはポル・ポトによって、知識人を根こそぎ殺されました。

非常に子どもが多く若さと活力がありますが、親の世代も教育を受けていない状況です。

親が無知な為に対処が出来ていない点も多くあり、国を作るのは教育力だと確信しました。


今回の経験から日本や岩手、被災地について違った視線で考えれたことは、私にとって意味深く大きな恵みだと思っています。


*岩手から来たと話したら、現地の人や外国人観光客の方から津波について聞かれましたので、まだ大変な状況だと拙い英語で伝えて来ました。

昨日、岩手山は初冠雪をしました。

例年より11日遅いそうです。


2週間ほど前は残暑が厳しかったので、

気温の差に気持ちも体も付いて行っていませんダウン

しかし、確実に冬の足音が聞こえてます。


岩手の冬はすごく厳しいです。雪

被災地も同じく厳しく、仮設住宅は山の中に多くあります。

道路が凍結して、外出もし難くなります。


どうか・・・

今年の冬はどうか暖冬でありますように祈り

今月のHAPPY講座は、体操アロマです。

(アロマ講座については、第6回HAPPY講座 の記事ご覧ください。)


体操と言っても、いつものS先生ではなく

ボイストレーナーでありシンガーでもあるという

IZUMIさんが来てくれます。


アロマの野村さんのご紹介で

大槌に来ていただけることになったのですが、

私は体操の内容をうまく説明できないんですあせるあせる


だって、ボイストレーニングって聞いて、何を想像しますか?

私はヘッドホンをして歌の練習をする絵しか思い浮かびません汗

それで体操ってナニ????とますます興味深々目


IZUMIさんによるとこの体操で声をだしやすくなったり

喉に負担がかからないような呼吸法を学べるそうです。


スポーツの秋に、ちょっと変わった体操で汗を流しませんか?

時間や場所は以下のとおりです。




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   歌って踊って健康体操



日時  10月20日(土)午前11時~12時


場所  小鎚仮設団地集会所(佐野屋球場の仮設)


講師  ボイストレーナー&シンガー IZUMI


定員  15名程度(年齢制限なし)


参加費  無料


※当日は動きやすい服装でおいでください。

同じものを、13時半から小鎚第17仮設でも行います。



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    アロマボトル作り


日時  10月20日(土)午前11時~12時


場所  小鎚第6仮設(高清水)

講師  ナチュラルセラピスト 野村 梨恵


定員  15名程度


参加費  無料


※同じものを、13時半から小鎚第8仮設でも行います。


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午前・午後と両方の講座に出ることも可能ですので

ぜひみなさんでご参加ください。

あれ!?っと思われた方が多かったと思いますので記事にいたしました!

漁協破綻? ネットで見て勘違い

2012年10月11日

 「漁協が破産したのか」。大槌町役場や「新おおつち漁協」に9~10日、横浜など町外の支援者から問い合わせが相次いだ。1月に破綻(はたん)した旧漁協の「大槌町漁協」が、破産手続きを申請したことが、インターネットのニュースなどで流れ、新漁協が破綻したと勘違いされたためだ。

 碇川豊町長は、10日の新漁協との懇談会で騒動に触れ「誤解。気にせずやっていこう」と呼びかけた。

 町役場などには支援者から「援助してきたのに、今後どうなるのか」といった電話がかかり、町民らにも「再生したばかりなのに」とうわさが流れた。

 「大槌町漁協」は、組合長や理事を一新した「新おおつち漁協」に漁業権を移し、魚市場などの主要施設は町に移管されている。「新おおつち漁協」は定置網を再開し、今年度は黒字見通しを立てた。

 旧漁協は借金の整理方法を協議していたが、一部債権者の理解を得られなかった。そのため、今月5日、盛岡地裁に破産手続き開始の申し立てをしていた。
(東野真和):朝日新聞デジタルより


新おおつち漁協の皆さんは頑張っておられますので、

これからもご支援宜しくお願い致します。。。

宮城県牡鹿半島を支援されている方のブログを転載させて頂きます。


~☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*~


色々な、活動や自分達のプロジェクトを遂行するために、被災地で本当に沢山の方々ががんばってくださっています。
本当に頭が下がる思いです。

でも、一つだけどーしても、考えて欲しいことがあります。

牡鹿は静かな漁村が多いです。夜になれば、虫の声と波の音しかありません。
都会と違い、となり近所の音が響きあうわけではありません。
静かな浜では、自分達が思っているより、音は響きます。
仲間が集まり楽しいのはわかります。話にはなが咲くのもわかります。でも、漁師がいる浜は朝は日付が変わるときから、夜は七時を過ぎれば床に入る準備があることをしってください。
お酒が入れば、自然とテンションがあがり、声が大きくなります。その声が何もない浜には、自分が思っているより、大きく響くんです。

都会では、【また、9時。】でも、田舎の漁師町では、【もう、床のなか】の時間なんです。
その生活のタイムスケジュール、地域性をしっかりと、理解してほしいんです。

年配の方々が多い、被災地では震災後体調を崩したままの人。
色々な生活の不安から精神的に不安定な方々が多くいます。

普段なら、静かに眠れる時間に、大勢の賑やかな声がしたら、眠ることができません。

その時点で、賑やかではなく、迷惑な騒音なんです。

気づいてください。

何をしにそこにいっているのですか?
飲み会するためですか?
自分達の活動だけが、出来ていれば、それでよいのですか?

違うはずです。

いま、本当に困ってる方々がいます。

名指しすることは簡単ですが…もう一度皆さんに考えて欲しいと思い、生意気ですが、一般論として、書かせていただきました。

(゜ロ゜;はっ!と、胸に響いて、立ち止まる方がいてくだされば幸いです。
良識ある大人ならば
恐らく、ご自分たちで、おわかりになるでしょうから…




このような問題は他の被災地でもあります!

本来は被災者に寄り添う姿勢と、させて頂いていると感謝の気持ちが、大切だと思うのですが・・・

福山ポートプラザ、スターバックスのスタッフのみんなと、

沼隈在住で、筋ジストロフィーのイラストレーター吉田正弘さんが

被災地応援メッセージを描いて下さいました。

ありがとうございます。


岩手被災地のどこかの中学校か高校へ届けますね音譜

19日から岩手釜石ボランティアベース入りします。


広島支部 齊藤かおり


岩手沿岸の中高生女子に援助物資を届ける会



協力者募集中!!


今年は色紙に統一して、メッセージを集めております。


会のメールアドレスに連絡下さい携帯

(★を@に変えて下さい)

iwate_engan_onnanoko_shien★yahoo.co.jp

写真展をうちでも という希望があり、次々と「忘れないで東日本大震災」写真展夕焼けの写真が続いています。

写真他資料も増えて来て たくさんになってきました。

ある小学校では「子供達が見行っていて下校時間だから帰るように言っても帰らなかった」ということです。以下感想文から

「Heart to Hesrt 忘れないで東日本大震災の写真展を見て」

ハートぼくが一番心に刻まれたのは津波です。津波は物をうばう。東北の人達が大事にしていた伝統の道具や東北のシンボル、東北の鉄道、空港…。そして…人の命。この津波でこのようにいろいろな物が奪われ、たくさんの命が失われました。

 避難所では、こごえながら家族と分かれて一晩をすごし、家族をうしなってしまった人もいました。被災した街や家は、ガラクタあるいは廃きょになっていたりしました。

 それでも、j被災地の人達ががんばっている姿を見たので、これから僕たちも感謝して、東北の人達をこれからも応援します。

ハート「卒業式そのままの黒板」…私はこの写真を見て、つらくなりました。「また明日」と言って帰ったけど、「明日」はなかった。悲しいと思いません?私は悲しいというより、つらいです。

 今までふつうに通っていた学校が、今までふつうにみんなと会ってきた場所がなくなってしまった。などと言っても、もう学校にいくことさえもできなくなったしまった。あのころ、楽しかった時間にもどれない…。

 私はこの写真を見て、つらいなと思いました。

ハートぼくは、学校の黒板に「3/12卒業式」と書いてあったのを見つけて、その中学校の人達は、わくわくしていたり、ドキドキしていたと思うけど、卒業式の前日、大きな地震が起きて、卒業証書やアルバムまでもが流されてしまって、すごく悲しかったと思う。

 そして、勉強する場も、体育館を仕切ってやっているので、せまいし、声もひびいてしまう。

 お寺にはいろんな人の遺骨があり、名前が分からず、ろう下にまでいっぱいある。

 ぼく達は経験しなかったけど、経験した人は本当に悲しかったと思う。

ハート体育館の時計の写真が一番心に残りました。体育館がこわれて、時計がとまっていました。時間は、地震が起きた2時46分。それを見た時に私は、3月11日午後2時46分という時間を、絶対に忘れたくないと思いました。

 ほとんどの写真に「仲間」という文字がありました。私も仲間は大切だと思いました。今回の震災を、私は忘れたくないし、忘れてほしくありません。

ハートぼくが一番心に残った写真は「どんな時も笑顔」という題名の写真で、どんな時も笑顔をわすれたらいけないと思いました。

 次に心に残ったのは「なにはなくとも希望がある」という写真で、どんなにつらいできごとがあっても、必ず希望はあるということが、この写真からわかりました。

ハート三月が過ぎて春が来たのに、桜の木などは枯れてしまっていました。それでも、お花見をしようとした宮城県の人達の写真を見て、春が来ても、桜の花すら咲かないのは、さみしいなと思いました。

 今まであたりまえだった教室も無く、家だってこわれて、ふとんだって結露でびしょびしょになっている状態で、あたりまえのことが、あたりまえじゃなくなる地震は、とてもこわいと思いました。

ハート「卒業式そのままの黒板」…この中学校は、卒業式の前日に津波が来てしまい、卒業アルバム、卒業証書もすべて流されて、あと1日で卒業できたのに、みんなで卒業ができなかったのです。

 もし、私の小学校がこのようになたら、どれだけ悲しいか…もう立ち直れません。でも、被災地の人の写真を見ると、笑顔をたやしていませんでした。

 私は、まだやりたいことがあるのにやれなかった子供達の分まで、いろいろなことに取り組んでいきたいと思うし、当たり前の1日1日を大切にしていきたいと思います。
にこにこ先生の感想

「南舎2階に展示されていた東日本大震災の写真を見ました。どの子も真剣に、時に心に残った写真は食い入るようにみえいました。たくさんある写真の中でも、感想にもあるように学校や教室等の写真が心に残ったようです。

 写真や解説文から、自分はどういきたらよいかを学ぶことができたように思います。

陸前高田の中学校にブルーシートを12枚ほどお届けです。

学校の玄関には歓迎の言葉が。(ブルーシートぐらいでこんなにしてもらって) みーたんのブログ  みーたんのブログ

副校長先生が対応してくださいました。

「運動会ができてよかったですね」というと、、

「はい。去年は運動会ができませんでしたので、今年できてよかったです。

震災で土がだめになりました。雨が降るとどろどろで。つちを盛り土してもらって、水はけ用の溝は学校の費用で作り、運動場が使えるようになって できました。子供たちに運動場を確保してやりたい。」

「何か次にご入用なものがありますか?」

「職と住む所ですね。この子たちが卒業した時に職があるかどうか。それで暮らしていけるかどうかです。」

(そうなんだ。生きていく。生活していく1番基盤の職業の確保がいるんだ。)

でも それは私たちには何にもしてあげることができない。そんな力はない。

してあげられることの限界を感じる。1番困っていることに力になってあげられない。

「ほしいものを言ったらきりがないです。まだ うちはこの廃校になった校舎を使わせてもらっているので、幸せなほうです。ほかの学校さんのことを考えると贅沢は言えません」と。

(まだ まだ 困っていることは山ほどあるのだ。)

副校長先生は「こちらのことを伝えて下さい。写真を撮って伝えて下さい」と。

(私もちょうど 今の東北の様子を伝えたいと思っている所でした。

報道も少なくなり、もう大丈夫なんだと思っている人も多いかと思います。

こんなにも困っているということ伝えよう)

「とりあえず今は子供たち勉強させること。高校入試があるので。」

「…(あ~困っている人達を目の前に私の力ではしてあげることが無い…気持だけが空回り

また ご入用な物があればおっしゃって下さい」  (帰る)

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地盤沈下で水がたまったままの土地。もうここには誰も住めない 

奇跡の1本松は3つに分けて愛知県の材木工場で複製に

今しばらくはプラスティックのレプリカが立つ


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土嚢も1年以上たち 風雨にさらされて破れほうだい。これでは土嚢の機能を果たさない。

1か所 写真を撮り忘れていた所があり、釜石に戻って撮影。
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釜石の避難所の跡。海の近くが避難所だったためにたくさんの人が犠牲に。

1階にいて津波が天井まで入り込み 苦しくて天井を突き破った。天井にはたくさんの救いを求める手跡がついているという。

11月3日・希望の日 Hope dayと平行して、進めています。

来月、171件の仮設住宅にお届けします。


地元の商店さん2件でお米券を購入しますので、先日商店さんに振込みをいたしました。


岩手沿岸の中高生女子に援助物資を届ける会