写真展をうちでも という希望があり、次々と「忘れないで東日本大震災」写真展
が続いています。
写真他資料も増えて来て たくさんになってきました。
ある小学校では「子供達が見行っていて下校時間だから帰るように言っても帰らなかった」ということです。以下感想文から
「Heart to Hesrt 忘れないで東日本大震災の写真展を見て」
ぼくが一番心に刻まれたのは津波です。津波は物をうばう。東北の人達が大事にしていた伝統の道具や東北のシンボル、東北の鉄道、空港…。そして…人の命。この津波でこのようにいろいろな物が奪われ、たくさんの命が失われました。
避難所では、こごえながら家族と分かれて一晩をすごし、家族をうしなってしまった人もいました。被災した街や家は、ガラクタあるいは廃きょになっていたりしました。
それでも、j被災地の人達ががんばっている姿を見たので、これから僕たちも感謝して、東北の人達をこれからも応援します。
「卒業式そのままの黒板」…私はこの写真を見て、つらくなりました。「また明日」と言って帰ったけど、「明日」はなかった。悲しいと思いません?私は悲しいというより、つらいです。
今までふつうに通っていた学校が、今までふつうにみんなと会ってきた場所がなくなってしまった。などと言っても、もう学校にいくことさえもできなくなったしまった。あのころ、楽しかった時間にもどれない…。
私はこの写真を見て、つらいなと思いました。
ぼくは、学校の黒板に「3/12卒業式」と書いてあったのを見つけて、その中学校の人達は、わくわくしていたり、ドキドキしていたと思うけど、卒業式の前日、大きな地震が起きて、卒業証書やアルバムまでもが流されてしまって、すごく悲しかったと思う。
そして、勉強する場も、体育館を仕切ってやっているので、せまいし、声もひびいてしまう。
お寺にはいろんな人の遺骨があり、名前が分からず、ろう下にまでいっぱいある。
ぼく達は経験しなかったけど、経験した人は本当に悲しかったと思う。
体育館の時計の写真が一番心に残りました。体育館がこわれて、時計がとまっていました。時間は、地震が起きた2時46分。それを見た時に私は、3月11日午後2時46分という時間を、絶対に忘れたくないと思いました。
ほとんどの写真に「仲間」という文字がありました。私も仲間は大切だと思いました。今回の震災を、私は忘れたくないし、忘れてほしくありません。
ぼくが一番心に残った写真は「どんな時も笑顔」という題名の写真で、どんな時も笑顔をわすれたらいけないと思いました。
次に心に残ったのは「なにはなくとも希望がある」という写真で、どんなにつらいできごとがあっても、必ず希望はあるということが、この写真からわかりました。
三月が過ぎて春が来たのに、桜の木などは枯れてしまっていました。それでも、お花見をしようとした宮城県の人達の写真を見て、春が来ても、桜の花すら咲かないのは、さみしいなと思いました。
今まであたりまえだった教室も無く、家だってこわれて、ふとんだって結露でびしょびしょになっている状態で、あたりまえのことが、あたりまえじゃなくなる地震は、とてもこわいと思いました。
「卒業式そのままの黒板」…この中学校は、卒業式の前日に津波が来てしまい、卒業アルバム、卒業証書もすべて流されて、あと1日で卒業できたのに、みんなで卒業ができなかったのです。
もし、私の小学校がこのようになたら、どれだけ悲しいか…もう立ち直れません。でも、被災地の人の写真を見ると、笑顔をたやしていませんでした。
私は、まだやりたいことがあるのにやれなかった子供達の分まで、いろいろなことに取り組んでいきたいと思うし、当たり前の1日1日を大切にしていきたいと思います。
先生の感想
「南舎2階に展示されていた東日本大震災の写真を見ました。どの子も真剣に、時に心に残った写真は食い入るようにみえいました。たくさんある写真の中でも、感想にもあるように学校や教室等の写真が心に残ったようです。
写真や解説文から、自分はどういきたらよいかを学ぶことができたように思います。