木梨憲武さんの絵は額にまで はみ出して描かれている

もしも学校の中の「授業」という時間でもこういう発想が許されたなら…
「自由」と
「何をやってもいい」とは
少し違っているはずで
「しっかりとした目的があること」と
「何も目的のないもの」との
違いかなぁ、とか
でもまぁ
学校の先生に その違いの見分けを望むのは無理か…
京都開催の木梨憲武展は平日でも満員だったとか
みんな木梨さんの「自由」を観るために足を運んだのだろう
『学校でももっと子供たちの自由が許されればいいのに』
木梨さんの絵を見ながら
そんなことを思う。