中学・高校時代に「罰」でコントロールされまくった経験を持つ僕は、「罰」からは何も生まれないと信じています
中学時代
いつも宿題をやらなかった僕に、先生は「殴る」という「罰」を与え続けたけれど、その先生の拳は僕の学力に何の影響も与えませんでした
高校時代
試合の内容が悪かったら、水を飲ませてもらえなかったり
相手に1点取られる毎に「走り」を10本ずつ課せられたり
負けたら丸坊主にさせられたり
いろんな「罰」でコントロールされてましたが
そんな「罰」から生まれたものはイヤな思い出だけで、サッカーの上達には何も結びつきませんでした
時代が令和になっても、「罰」で子供をコントロールしている先生や顧問や指導者が…
「罰」から生まれるものは
先生や顧問や指導者の満足感だけなのではないでしょうか。