罰から生まれるもの | flat3 football club 監督日記

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街の片隅で細々と活動しているU-15のサッカークラブでした。

できるだけボールを蹴らずにサッカーが上達する方法をさがしていました。

今は「教えない指導」「教えない教育」の布教活動中です。

「罰」を与えることで子供をコントロールするのって、それは教育でも指導でもないと思うのです

中学・高校時代に「罰」でコントロールされまくった経験を持つ僕は、「罰」からは何も生まれないと信じています

中学時代
いつも宿題をやらなかった僕に、先生は「殴る」という「罰」を与え続けたけれど、その先生の拳は僕の学力に何の影響も与えませんでした

高校時代
試合の内容が悪かったら、水を飲ませてもらえなかったり
相手に1点取られる毎に「走り」を10本ずつ課せられたり
負けたら丸坊主にさせられたり

いろんな「罰」でコントロールされてましたが
そんな「罰」から生まれたものはイヤな思い出だけで、サッカーの上達には何も結びつきませんでした


時代が令和になっても、「罰」で子供をコントロールしている先生や顧問や指導者が…


「罰」から生まれるものは
先生や顧問や指導者の満足感だけなのではないでしょうか。