甲子園球場でやってる高校野球に関する記事の見出し

なんだか悲しくなる
「指導者ありき」の風潮がいつまで続くのか
「高校生が二塁打を打てたのは監督の指導のたまもの」って言うのなら
なんで同じチームの他の高校生は二塁打を打てなかったの? って聞きたくなる
二塁打を打った高校生本人も「監督の指導のおかげ」って言ってたみたいだけど
そう言っとかないといけない雰囲気があるからね、日本には
「監督の」とか「両親が」とか
そんな言葉が出てこない記事ばかりになればいいのにと思う僕は
やはり圧倒的に少数派になるのだろうか
「指導のたまもの」
良い結果が出た時にしか使わない言葉
悪い結果の原因になってる指導の方が圧倒的に多いのに……
高校生の、高校生による、高校生のためのスポーツであれ。