どうして勉強しないといけないの? | flat3 football club 監督日記

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街の片隅で細々と活動しているU-15のサッカークラブでした。

できるだけボールを蹴らずにサッカーが上達する方法をさがしていました。

今は「教えない指導」「教えない教育」の布教活動中です。

知識が有る人が見るのと
知識が無い人が見るのと
たとえば同じニュースを読んだとしても
でもその感じ方は月とスッポン


まず「棚氷」って何?
「1兆トン」ってどれだけ重い?

知識が有る人は "場面" のイメージが浮かぶんだろうけど、知識が無い人には何のことやらサッパリわからない


「ラーセンC」?
「5800平方キロメートル」?
「部位がついに分離」?
「今後A68と名付けられる予定」?
「氷塊」?
「デラウエア州の面積より大きい」?
「デラウエア州」?
「容積」?
「五大湖」?
「エリー湖」?
「他の四大湖の名前は」?
「分離以前からすでに浮揚」?
「直ちに海面(の上昇)に影響」?


知識が無い人が見ている景色がモノクロなのだとしたら
知識が有る人が見ている景色はカラー

知識が無い人が見ている景色が写真なのだとしたら
知識が有る人が見ている景色は動画

きっとそれぐらいの「差」があるはず

知識を放棄するということは、ものすごく綺麗な景色をわざわざ白黒写真で見るようなもの

人としての感情を豊かにしたければ
得るための努力をしないといけない

『どうして勉強しないといけないの?』っていうバカみたいな質問をする子は、死ぬまで白黒写真を眺めていればいい。