経験じゃなくて…… | flat3 football club 監督日記

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街の片隅で細々と活動しているU-15のサッカークラブでした。

できるだけボールを蹴らずにサッカーが上達する方法をさがしていました。

今は「教えない指導」「教えない教育」の布教活動中です。

教員の長時間労働解決に絡む問題で、『中学校の部活動顧問を外部の人間に』っていう案があるみたい

『そうすれば、指導経験のない教員が顧問になることもなくなるから』って


それで「長時間労働問題」が解決するのかどうかは横に置いといて……

指導経験のない教員が部活動の顧問をすれば、部員にとっても教員にとっても良くないっていう議論もある

そんなこと言うんだったら

大学出てすぐの(前の月まで学生だった)教員にクラスの担任をさせることの方が、「指導経験のない教員に○○をさせる弊害」に当てはまるんじゃないの?って思う

もっと言えば

大学出てすぐの、教員試験にも受かってない講師(って呼ばれてる教員予備軍)にクラスの担任をさせることの方が、多大な弊害を生むんじゃないの?って思う

長時間労働解決も大切かもしれないけど、それよりソッチの問題にも目をむけないとダメなんじゃないの?って思うんだけど

部活動の話だけじゃなく

『指導経験のない教員が○○をやるから弊害が生まれる』んじゃなくて
『情熱のない教員がイヤイヤ○○をやるから弊害が生まれてる』だけなんじゃない?

大学出てすぐの教員でも、情熱を持って取り組んでる人はたくさんいる
教員に負けない情熱で取り組んでる講師だって少なくない

要は

経験の有無じゃなくて
情熱の有無に関係してるんじゃないのかな

「やらされてる」1時間は、長い
「取り組んでる」10時間は、あっという間

時間の長短、数字の大小、だけで問題が解決するようには思えないのですが。