なので「今」出来ない子とか、「今」出来る子とか、ソコには目も気も向いてなくて、「先」にどんな人になるかにだけ目も気も向いてしまうのです。
学校の勉強とかサッカーボールを蹴る技術とか、そんなことの「今」には興味がなくて、箸の持ち方とか服の脱ぎ方とか歩き方とか気の使い方とか気の配り方とか
「先」になればなるほど問題が大きくなりそうな事にだけ目と気を向けていたいと思うのです。

「今」は出来るか出来ないかを見るんじゃなくて、その「先」を見据えて、やるべきことを当たり前にやる子でいてくれれば、と強く思ってます。