まいぱーそなる武士道めいびー -4ページ目

最近の格闘技、武道について思うこと。

昨日の深夜、凍結しているコンクリートの上で足が滑って、斜め前方に倒れた。

とっさに左腕主体の前受身をしたので、かすり傷程度で済みましたが。


武道は、自宅である程度のトレーニングは続けていますが、

やっぱり怪我防止のためにも、受け身くらいはやっとくものだなーと思いました。


大晦日もそうですが、今は、ヒクソンの息子、クロン・グレイシー選手を見ると、

すごく良い刺激やトレーニングに対するモチベーションをもらえます。




世間の格闘技系ニュースも、そこそこチェックはしていますが、

最近は、すごい格闘技ジムのオープンラッシュという気がします。


特に、若い頃?は週一くらい行っていた気のする、渋谷~新宿辺りとか。

三軒茶屋には、ボクシングの亀田兄弟の3階建てのジムがオープンしたそうですし、

渋谷には、シュートボクシングのジム。

となりの恵比寿には、K-1系のジムなどなど…。


今の流行りは、若い子にはプロの舞台のある夢のある競技、

女性にもダイエット効果のある、立ち技系の格闘技ジムですが。


一方、私のやっていた柔術や柔道は、プロ競技もないので、

今の若者が将来プロのリングや成功を夢見てがんばるには、

立ち技系の格闘技が人気なのは、もっともな気がします。


まあ、どんどん新しいジムがオープンするのは、地域の若者とかには、

競技に興味を持つキッカケにもなるし、選択肢が増えて良いことだと思いますが、

以前からジムや道場を運営している方達にとっては、大変だろうなあ…と思いますね。


以前は、渋谷にあるキックボクシングと柔術を教えるジムに週一くらいで出稽古に

通っていた時期もありましたので…。


身近な例えで言えば、コンビニの近くに、新しいコンビニが出来るとか、

クリーニング屋の近くに、新しいクリーニング屋さんがオープンするとかと

同じ感覚なのかなー?


そこは資本主義の、やりたいことにチャレンジできる自由があるという良さと、

元々あった方にしてみればは、死活問題にもなりかねないという、

競争が避けられない所は、資本主義の怖さでもあるけれど…。


まあ、僕は経営者じゃないので、好きな選手を見て、刺激やモチベーションをもらいながら、

最低限のトレーニングが出来ていれば、全然問題ないことなのですが。。



新年あけましておめでとうございます。

今日は雪…1月ももう後半ですが、新年あけましておめでとうございます。

ブログとか、すっかり書かなくなってしまったなあ…。


年末年始は、大晦日は久々な年越し格闘技のライジンを見てました。

RENAと、クロン(ヒクソンの息子)と、ヒョードルがかっこよかった~!


年始…わりと何もない。 バーゲンとか行かないし?

という間に、新年の1月も半ばを超えているという…

ぼんやりしてたら、ホント1年なんてて早いもんなんだろうねー。


僕自身、何をがんばるべきかなのかなと、未だに五里霧中。

何をがんばるかって、年齢や環境によっても変わってくるものだからね…。


今、20代の青年と、体力でガチの勝負するとかってのも無謀だし、

仕事だけでもなかなかタイヘンで、生活していて、

これ以上に何か特別やらなきゃいけないのかな?とも思ったり。


暗いニュースも多いけど、今、YouTubeでAIの「ハピネス」を見て、

何はともあれ、まずは自分が笑顔を大切に、笑顔でいられるようにしていかないとね、

って思う年始であります。



ユーモア、笑顔、喜びの大切さ

ここ1週間くらい、何だか疲れが溜まっていて、抜けなかった。

一つの原因は、雨が4日くらい続いたこともあって、

身体を動かすことによる心身のリフレッシュが足りていなかった。


それでも、後頭部に軽く頭痛がして、行き詰ったような感覚があった。

そんな状態で横になっていたら、ラーマクリシュナが浮かんできた。

優しそうな笑顔を見ているだけで涙が出そうになった。




言葉を交わした訳じゃないのだけど、ちょっとした喜劇を見せてくれた。

青っぽい画面の映画みたいな感じで、思わず吹き出すシーンとかあったのですが、

そして、「もっとユーモアを大切にしてごらん」みたいなことを

言葉じゃないけれど、伝えてくれているんだと感じた。


「あんまり頑なにならずに、もっと生活の中にユーモアを持って、

笑ったり、笑顔でいること、喜びをもつこと、感謝を持つこと、

そういうことを、大切にしてごらん。」と言ってくれてるのかと考えた。


このラーマクリシュナが、先日記事に書いたヴィヴェーカーナンダのお師さんで、

自分が捨身する前に、ご自身の持っているもの(霊性?エネルギー?)の全てを

ヴィヴェーカーナンダに注ぎ込んで、「これで私はただの托鉢僧になった」

みたいなことを言われて、自分を慕ってくれているみんなを、

ヴィヴェーカーナンダに「みんなの事を頼んだよ」と言われて、

捨身されていくのですが…。


もっと、ユーモアを見つめ直してみたい。


人って、以外と真面目ではあっても頑なにまでなってしまうと、

そして、それにより笑顔やユーモアがなくなっていってしまうと、

ゆとりみたいなものがなくなってしまって、

下手するとそこらの笑って遊んでいる遊び人のがゆとりがあるくらい、

ピリピリと神経質になって、

ゆとりのないみたいな状態にもなりやすいものだよね…。