まいぱーそなる武士道めいびー -6ページ目

今年2度目の梅雨明け。

今朝は、久しぶりに晴れていたので、町内ウォーキング!

その後、銭湯の露天風呂で、お湯(水)に浸かりながら、日の光を浴びるという、

人間光合成を満喫してきた…。

しかし久しぶりに銭湯で体重計に乗ってみたら、見てはいけない数値になっていた。

…ので、午後も少しウォーキングしてきた。


レスリングの世界選手権、伊調選手優勝したそうで良かった!

夜からは仕事だけど、深夜にTV放送があるので、録画予約してあります。


家のニャンコは、一昨日(9月9日)で、生後半年になりました!

今日撮影した、椅子の上から、寝ている僕の方を覗いてる時の写真です。




柔道世界選手権とかと、毎日のこと。

録画していた、中村美里選手の世界レベルへの復帰戦を観た。

世間的には、若い26歳でもベテラン扱いなのかあ。

今日、オリンピック三連覇の野村選手も選手を引退するそう。


自分なりに、今、運動について思うこと。

それぞれの人が、毎日続けられる運動以上は、負荷になりやすいということ。


ホントに様々な競技のチャンピオンなどを目指して、肉体を酷使する時期も

あっていいなーと思うけど。


まず、世界中の人間としての基本が、毎日、生活して、働いている。

それは、身体が動かなくなる老人になるまで粘り強く、大抵の国で。


日本的な「習い事」という観点だと、週1でいいとか、週2でいいとか、

それはそれでいいのだけど、それぞれの人が毎日続けられる運動が、

無理のない運動なんだと思う、日曜日(休息日)などはあるとしても。


だから、週一、3時間運動して、2~3日は、筋肉痛や筋肉疲労で、

更に2~3日休んで、次の週の練習とか、健康的とはいえないと思えてしまう。

自分から見たら、完全にオーバーワークで、毎日続かないたぐいのもので…。


夏の野外で、毎日粘り強く、肉体労働している方とかから見たら、

「そんなんじゃ、使い物にならない」と笑われたとしても仕方ないというか…。


そんな自分は、最近は、毎日30分くらい外で早歩き程度のジョギングをしています。

腰、肩、腕なども一緒に運動しているから、独特なジョギングなんだろうけど。


身体に負担がかかり過ぎる運動をしていると、野村選手みたいに、

40歳くらいでも身体の内側はボロボロなんじゃないかと心配になる。


栄養学が発達していない時代に、現役のマラソン選手の骨年齢が、

練習のし過ぎで、老人並みのボロボロの骨になると聞いたこともある。


あと、毎日フィットネス体操など、動き過ぎる運動をしていた人の方が、

中年になって、身体がうごかなくなるとかいうのも聞いたことがある。


野球の投手が1日投げて、中3日、4日休むとかも、

あまりに1日だけに負担がかかるのは、身体にはよくないんだろうなと思う…。


世界選手権などで金メダルとかもスゴイことだけど、

夏の暑い季節とかに、毎日外で粘り強く働いている50~60歳くらいの方とか

見掛けると、それもホントにスゴイことだなあ、と思う。


逆に、競技者の時は、スゴイ身体や動きしていた選手が、

40歳越えたくらいで、もうお腹が出て、身体を重たそうにフウフウいって

歩いてる中年のオジサンとか見てると、どうなんだろうと思えてしまう。


やっぱり人として生きている以上、老人になって身体が動かなくなるまで生活者だし、

生活のために働けるうちに、毎日、数時間粘り強く動いて働けいている人が、

当たり前のようで、そういう毎日があって、

その本人と、その家族たちの経済的な生活も成り立っている。


でも、毎日練習しても続く若いうちに、一度くらいは、少しオーバーワーク気味でも、

本気で何かのチャンピオンなどを目指すのもいい経験になるけどね。


何だか、まとまりのない文章になってしまった…。


今の生活と自己表現

今の自分は、本当にまだまだ未熟だが、

以前と比べたら、「誰かに自分をわかって、認めて欲しい」という欲求というか、

エゴがだんだんと減ってきています。


なので、「ブログで自分ごときが何かを表現しよう!」とほとんど思わなくなって。


そんなことを考える暇があるなら、ラーマクリシュナや、アンマなどの本を読むか、

いくらか瞑想して、神を悟りたいと思う。

あるいは、無理ない程度の身体運動をしたり、心身の健康のために。


最近は、ラーマクリシュナを、また読み返したり、

弟子のヴィヴェーカーナンダの「我が師」などの本を読んでいます。


ラーマクリシュナの顔を思い浮かべるだけで、涙が出そうになる。

この人の純粋さと愛情を思うと、涙が出てくる。


そのラーマクリシュナでさえ、修行時代というか、

神(カーリー女神)を見神するまでの半生は、他者に何かを教えるどころか、

ひたすら修行に没頭した。


自分の元に集まる人たちの質問に答えたりするようになったのは、

神を悟った後の、後半の半生だった。


自分は、元気でやっていますが、神を悟ることに向かわなければ、

という思いが次第に強まっている。


まだまだ、くだらない欲求もちょくちょく顔を出すし、まだまだだが…。

ブログを更新すると、いくらかの人が見てくれているので、

時々は元気にやっていることだけでも、更新したいとも思いますが、

ラーマクリシュナや神(特定の神ではなく、至上神)に、少しでも近付きたい。


「我が師」をもう少し読んで、瞑想してから、仕事に行きたい。