信じられないと言った表情で、ヘミョンを見つめるチェギョンの瞳は揺れ始め、サプライズ成功とばかりに嬉しそうに笑みを深くするヘミョンは、扉口に視線を向けた。
 
「どうぞ、入ってください。」
その言葉に、扉が開き、1ヵ月半前から離れ離れにならざるを得なかった愛しい家族が現れた。
 
「パパっ…ママっ…チェジュン…!」
「チェギョン…っ!」
 
久しぶりの娘の姿に。
豪華絢爛なタンウィを纏い、目を見張るほど美しくなったその姿に。
 
チェギョンの両親は思わず駆け寄り抱きしめた。
 
まだ皇太子妃シン・チェギョンではなく、自分の娘シン・チェギョンであると、そう確認するかのように。
 
「…ごめんね、パパ、ママ。色々…ごめんね。」
「どうしてあんたが謝るの?」
「…だって…だって辛いでしょ?私の…私のせいで…色々と…。」
「バカね、…私たちはチェギョンの親よ。親というものは常に子供の幸せを願うもの。子供が幸せになるのに辛いなんて思うはずがない…。チェギョン、あんたが幸せになるのに、幸せになってくれるのに、辛いなんて感じたことなんて一度もないわ。」
「そうだよ、チェギョン…。」
「…でも…。」
両親の自分への想いが、自分への愛情がとても嬉しい。
 
連日連夜、時間などお構いなしに自宅を取り囲み取材を続ける報道陣や野次馬。
自分だけ安全な場所に移されてからも、自宅に残り不安に肩を寄せ合う家族のことを思わない日はなかった。
 
自分だけなら我慢できる、夢のため、そうならざるを得ないのだから。
でも、家族は関係ない。
ただずっと自分達を温かく見守ってくれていた家族にまで不安や辛さを味あわせる、それが何よりも辛かった。
 
「心配しなくていいの。あんたは何も心配しなくていい。前だけを見なさい、未来だけを。私たちのことは心配しなくていい。未来を、殿下との未来だけを見つめて行きなさい。」
「…っ、ママ…。」
1人で辛くない?ママ達はそれが一番心配よ。この状況で、あの場所で、チェギョンらしくいられる?あなたがいつまでも元気で幸せでいてくれたら、ママ達は幸せなのよ。」
「ん…、大丈夫。ありがとう…ありがとう、パパ、ママ。」
力いっぱい抱きしめられて、懐かしい両親の香りと温もりに包まれて、チェギョンは大粒の涙を流す。
 
狭い家で肩を寄せ合って窮屈ながらも暮らしていた日々が、こんなにも大切でそしてとても幸せだった事に改めて気づく。
 
この両親のもとに生まれてよかった。
あの家に生まれてよかった。
チェジュンの姉に生まれてよかった。
 
大切なものは全てこの家族から生まれ、そしてシンを愛するための全てに変わる。
 
「ありがとう、…本当にありがとう。」
涙でぐちゃぐちゃになったチェギョンの顔。
それでも、後ろに立ち、温かい家族の抱擁を見つめているシンには美しく感じた。
「チェギョン達家族の心行くまで」、そうシンの表情が伝えているのだろう。
チェギョンとその両親のその抱擁を止めるものは誰もいなかった。
 
「…チェジュンも…ごめんね。苦労、してない?」
ようやく両親から手を離し、鼻をすすりながら、真っ赤な目をして両親の後ろに立つチェジュンに声をかけた。
 
「…大丈夫、姉ちゃんと兄さんが幸せになるのに、辛くなんてないから。」
「…ありがとっ…」
ようやく止まったはずの涙が、チェジュンのその一言で再び溢れそうになる。
 
チェジュン達から身体を逸らし、懸命に涙をこらえようと宙をにらんで耐えるその姿に、シンは優しく微笑みそっと肩を抱いた。
 
「…シンく…?」
もう呼びかけるのも難しいほど込み上げているのに。
 
「…我慢しなくていい。俺の前だ。」
シンの言葉に我慢していたものがぷっつりと切れたのか、途端にあふれ出す大粒の涙。
手の甲で何度もぬぐっても溢れるそれに、チェギョンの嬉しさが現れているようで。
 
ヘミョンもそれを見守る両親もそしてジョンウたちも静かに見守った。
 
 
 
「チェギョン、これを見てくれる?」
そう改めてヘミョンの手で掲げられた真っ白なウェディングドレス。
いつの間にかヒョンやミン、そして皇太后達も部屋に集合していた。
 
「これは皆で作ったのよ。チェギョンのご両親と弟さん、お父様とお母様、そして私にお祖母様。それからコン内官とチェ尚宮、パン女官とチョン女官。」
名前を呼ばれるとチェギョンとシンの両親たちは笑みを浮かべ、コン内官やチェ尚宮たちは小さく頭を下げた。
 
「そして…シンと。」
 
ヘミョンの口から出る名前に、驚いたように11人視線を移していたチェギョンは、最後の1人の名前に目を丸めて隣に立つその人を見上げた。
 
向けられたチェギョンからの視線。
きっと驚きに瞳は見開かれているのが分かるから。
 
シンは敢えてチェギョンを見ることなく、目の前に掲げられた自らの手で縫った白いウェディングドレスを見つめた。
 
「シン君…?」
信じられない、そんな思いが呼ばれた名前に込められた気がした。
 
信じられなくて当然だろう、自分だってまさか針作業をするだなんて夢にも思っていなかった。
 
 
祖母である皇太后に指輪を譲ってもらったあの日。
チェギョンを見送ってから夜遅くまで執務室にこもっていたシンをヘミョンが尋ねてきた。
そこで告げられたこの事実。
あの時、家族が不自然な態度を取っていたのはこのためだったと、その時気づく。
 
家族が自分達のことをこれほど想っていてくれていたことに、言葉にならないほどの感動と嬉しさがシンを包み込んだ。
共に聞いていたコン内官はヘミョンの申し出に喜んで首を縦に振った。
自分が願い続けた夢が、自分の手によって叶えられるかもしれないという喜び、それにただ呆然としていたシンをヘミョンの力強い手が引っ張った。
 
慣れない作業に何度も痛い思いをしながら、なんとか不器用ながらに縫いあげたドレス。
「で…ッ殿下!」幾度となくそう叫ばれ、隣でハラハラして見つめるコン内官と、「下手くそ!」と叱責するヘミョンに苛立った。
 
そんな苦労をして仕上げた目の前の真っ白なそれを。
シンは感慨深くそれを見つめた。
 
 
 
「シンから聞いたの。2人が初めて出会った時、チェギョンは真っ白なワンピースを着ていたこと。それがウェディングドレスになればいい、シンはそう願い続けていたってことも。国婚で行われるあなた達の婚姻の儀にウェディングドレスは着ることはできない、でもシンのその願いを叶えてあげたいって思ったの。13年間変わることなく相手を想い続けた、あなたたちの『変わらぬ想い』を形にしてあげたかったの。」
 
チェギョンの瞳からは決壊したかのようにとめどなく涙があふれ始めた。
 
昨日、昼休みの出来事が思い出される。
珍しく大きな欠伸を繰り返すシンに、話を聞いてもらえていないと半ば苛立っていたこと。
 
そして左手指先の絆創膏。
もしかして、それは幾度となく指に針を刺したためだろうか。
 
婚姻の儀に向けて、ますます忙しくなる中、シンはこのドレスを縫うために寝る時間を削って作業をしてくれたのだろうか。
 
-いつかあのワンピースが、ウェディングドレスになればいいと、ずっと想っていた-
 
めて出会った時、自分が白いワンピースを着ていたことなど、自分自身忘れかけていた。
そのことを、ずっとシンは1人で何年も胸の奥底で想い続けてくれていたこと。
例え真っ白なそれを着ることができなくても、シンの隣に立てるだけで幸せだということを何度も伝えてきたのに、それでもこうして自分のためにと慣れない作業をしてくれたシンの気持ちが、そして自分達を心から祝ってくれる皆の気持ちがとても嬉しかった。
 
どう感謝の気持ちを伝えたらいいのか、それすらも分からないほど、ただ嬉しかった。
 
 
「思いついたのが最近で、ドレスに刺繍も何もできなかったんだけど。でも、皆の手で11針想いをこめて縫ったのよ。私たちもずっと願い続けていた『ずっと幸せであるように』という、変わらぬ想いと一緒に。」
 
差し出された真っ白なサテンシルクオーガンジーのAラインのシンプルなそのドレス。
どんな豪華な刺繍が施されていても、たくさんの煌びやかなビーズが縫い込まれていても、このドレスに勝るものなど、この世の中には存在しないだろう。
 
そう思えるほど、チェギョンにとって目の前のウェディングドレスは息を飲むほど美しかった。
 
イメージ 1