「皆様が…?」
縫ってくださったんですか?
そう言葉にならないほどの感激に包まれたチェギョン。
予想していたこととはいえ、それ以上の喜びを見せるチェギョンに、見守っていた家族たちはうっすらと涙を浮かべた。
ヘミョンから「チェギョンにウェディングドレスをプレゼントしたい。」そう申し出があったとき、正直面喰った。
それをチェギョンに着せると決めた日は申し出があった日から1週間後。
到底無理なことだった。
戸惑う家族らを前にヘミョンは想いを口にした。
「シンとチェギョンが初めて出会った13年前の初雪のあの日、チェギョンは真っ白なワンピースを着ていたらしいの。真っ白な雪が舞う中、真っ白のワンピース、それに大きな瞳に、赤い頬。その時のチェギョンの姿が今も忘れられないって、…いつかシンが言っていたわ。そして…あの白いワンピースがいつかウェディングドレスになればいいのに、そう思っていたとも。」
「…ウェディングドレス?」
「そう、でも皇太子である自分の婚姻の儀は国婚で、伝統に基づいた形式で行われる。だからそれは夢のまた夢だって。そう、シン本人もチェギョンにウェディングドレスを着せてあげられないことは分かっていること。でもね、シンはチェギョンに着てほしいという夢を幼いころから抱いていたの。出会ったあの頃から、ずっとよ。」
「………。」
「たとえそれが公の場に出なくても、私たちの前だけでもその夢を叶えさせてやりたい、そう思うのです。…だって私は、シンの姉ですもの。」
その言葉に黙ってヘミョンの言葉を聞いていたヒョン達は息を飲み、目の前に座るヘミョンを見つめた。
「手を差し伸べることも、傍に寄り添うこともしてやらなかったあの頃。幾度となく後悔しました。でも後悔してもあの時間は戻りません。何度悔やんでも、私たちがシンに抱かせた孤独という傷は消すことはできません。」
皇太子として相応しくなるようにと願ったためとはいえ、泣きじゃくる幼いシンに背を向け続けたあの頃。
甘えを許さず、ただ厳しく、接し続けたあの頃。
いつしか笑うことを忘れたかのように無表情になった幼いシンの顔が、今ヒョンとミンとそして皇太后の目に浮かぶ。
胸を締め付ける痛みに思わずミンは目を閉じて、耐えきれず小さく息を吐きだした。
「でも、お父様、お母様、私たちは今を生きています。あの頃、してやれなかったことを後悔して胸の中で何度謝っても、何も始まりません。今シンたちの幸せを願う気持ちが御有りなら、無理だと思うことでもやってみませんか?シンとチェギョンの幸せいっぱいで、この上なく嬉しそうな、そんな顔、見てみたくありませんか?」
その言葉と、シンとチェギョンへの「いつまでも幸せであるように」という想いだけが皆を動かした。
刺繍などの教養を身につけているミンやヘミョン、そして皇太后ら女性陣は縫物などお手の物だったが、ヒョン、チェギョンの父とチェジュン、コン内官そしてシンたちは苦労した。
慣れない針作業、何度左手に針を突き刺したことか。
その都度言われることは。
「ドレスに絶対血は付けないで!」
指の心配よりドレスの心配をする女性陣。
何度途中で放り投げようと思ったことか。
でも、きっとこのドレスを嬉しそうに、そして幸せそうに纏うその人の姿が見たいため。
喜ぶ顔が見たいため。
その一心で皆、慣れない針作業に没頭した。
「そうよ、皆で作ったの。1針1針想いをこめて。」
「…ありがとうございます…。ホントに…ありがとうございます、何て言ったらいいのか…。」
何度手の甲で涙をぬぐっても、間にあわないほどこぼれ落ちる涙。
チェギョンはゆっくりと震える手で、差し出された皆の想いが籠ったウェディングドレスを受け取り、胸に抱きしめた。
ここにいる皆の気持ちが嬉しくて。
こんなにも自分を想ってくれるその気持ちがただ嬉しくて。
チェギョンは唇を噛みしめて、大切なそのウェディングドレスを力いっぱい抱きしめた。
「お待たせいたしました。チェギョン様、お支度調いました。」
チェ尚宮の静かな声が部屋に響くと、待ってましたと皆がチェギョンが入ってくるであろう扉口を見つめた。
開かれた扉から、ゆっくりとパン女官とチョン女官に手を引かれながら入ってくるチェギョンのその姿に、皆が一斉に感嘆のため息を漏らした。
グローブもベールもないけれど、真っ白なシンプルのAラインのそのドレスはチェギョンの外面的な美しさと内面的な美しさ、全て引き出したようだった。
足元を覆うドレスを踏まないように注意しながらゆっくりと進むチェギョンの後ろは、しっかりと計算されたように長いトレーン。
先ほど涙で全て流れた化粧も、内人らの手によりうっすらと施され、照れたようにはにかむその横顔は、本当に愛らしい。
ただ1人息をするのも忘れて見惚れる正装姿のシンの横にようやく辿り着いたチェギョンは、どうかな?と窺うようにシンを上目遣いで見上げた。
僅かに口を開き呆けたように見つめていたシンだったが、小さく息を飲んで、からからに乾いた喉のまま小さく囁いた。
「…綺麗だよ、…すごく。」
本当に囁くほどの小さな声。
静かに見守っていた家族たちは、シンの口が僅かに動いたことしかわからない。
でも、隣に立つ自分達の手で作り上げられたウェディングドレスを纏ったチェギョンが可憐なまでもの笑みを浮かべたことから、きっとシンがチェギョンにとって嬉しい事を言ったに違いないことはすぐに分かった。
-いつかあのワンピースが、ウェディングドレスになればいい-
そう密かに胸の奥で願い続けていた想い。
堂々と恋人同士として肩を並べたいというチェギョンの夢。
出会った時の白いワンピースが、ウェディングドレスになればいいというシンの夢。
13年という長い年月を経て、目まぐるしく世界が変わってしまった婚約発表を期にそれぞれが抱いていた夢は叶った。
そして13年間2人が共に抱いてきた、肩を並べこれからの未来を共に歩くという夢。
それが叶うのは、もう十数日後のこと。
チェギョンのためだけに存在するシンと。
シンのためだけに存在するチェギョンと。
「いつまでも幸せに」と、そう変わることなく願い続けた家族や周りの皆のおかげで、こうして今の2人がある。
そして、今は亡きシンの祖父である聖祖皇帝とチェギョンの祖父であるシン・スンジュン、この2人があったからこそ、あの運命の出会いがあったのだ。
13年間お互いだけを見つめ続けた瞳は、今も飽くことなく互いを見続ける。
手を取り合って微笑みあう、真っ白なウェディングドレスに幸せに満ち眩いばかりに輝くチェギョンと。
皇太子らしい凛々しく気高い正装姿で、ただ1人の男性として目の前に立つ女性をこれからも守り抜くという意志をさらに強くしたシンのその姿に。
ジョンウは夢中でシャッターを切り、見守る家族たちは、嬉しそうに笑い、涙をぬぐう。
そしてこの部屋の隅には、もう誰にも見えない2人の姿があった。
幸せそうな2人の姿と、自分と愛する妻が嵌めていたリングが時を超え、今目の前の2人の指にはまっていることが嬉しくて。
堪え切れずにそっと涙をぬぐうその2人の姿に、見えているはずもないのに、皇太后が優しく微笑み、シンたちを見守る家族の後ろに立っているコン内官も笑みを深くした。
-幸せであるように
ただ、それだけを願う-
包み込むような温もりと共に届いた言葉。
手を取り合って微笑みあっていた2人が、弾かれたように部屋の片隅へ視線を向けた。
手を取り合って微笑みあっていた2人が、弾かれたように部屋の片隅へ視線を向けた。
突然のその様子に、ジョンウは不思議そうな顔をしてカメラから顔を上げると、それに気づいたヘミョン達も何事かとシンたちに注目した。
「…お祖父ちゃん?」
「お祖父様?」
もう姿を見ることができない2人。
もうその存在を感じることしかできない2人。
それがそこにあるから。
「何かあるの?どうかしたの?」そう声をかけるヘミョン達にはきっと感じることができないその存在。
でも、皇太后とコン内官と、そこにいる2人がずっと心を寄せ続けるシンとチェギョンには、その存在ははっきりと感じることができた。
-綺麗だよ、チェギョン-
チェギョンの祖父のその言葉が耳に届いたのか、それとも心の中で響いたのか、どちらか分からない。
でも確かにチェギョンとシンにはその言葉は届いた。
チェギョンは目にうっすらと涙を浮かべて、部屋の片隅へあの頃と変わらない笑みを浮かべて頷いた。
先ほどのその言葉に。
初めて宮に行くあの寒い日、初めて袖を通した真っ白なワンピースを着たチェギョンに祖父であるスンジュが告げた言葉が胸に蘇る。
-とても綺麗だよ、チェギョン。お姫様みたいだ。きっと誰かの、たった1人のお姫様になれるよ-
その言葉はその日のうちに現実となり、お姫様みたいだと言われて満面の笑みを見せたその女の子は、シンにとってたった1人の大切な大切な人になった。
「ありがとうございます。」
そう告げても届くかどうかわからない。
でも、きっと届くはずだ。
今までもそうであったように、これからも変わることなく見守り続けてくれるに違いないから。
シンとチェギョンは、左の薬指にはまった指輪にそっと触れて、互いを見つめてそっと微笑んだ。
もう二度と姿を見ることはできず、その存在を感じることしかできなくなった2人の変わらぬ想いは、今ままでもそうであったように、これからもずっと、いつまでも見守る家族らの想いと共に、シンとチェギョンを包み込むだろう。
幸せに
そうずっと願い続けていた
君たちが出会ってから13年間、ずっと
これからの2人に幸多からんことを
ずっと君たちを愛している
ずっと君たちを見守っている
この想いを、
変わらぬ想いを、君たちへ
変わらぬ想いを、君たちへ
この想いが、君たちに届きますように
~終わり~