一昨日の土曜日、板橋区立・・中学三年十組のクラス会があった。
6年前から当時の担任の先生の傘寿を機会に先生(現在86歳)を囲んで毎年学校の近くの和食ファミレスで開いている。
去年は交通事故に遭い出席出来なかった。
二年ぶりの再会だ。
連絡がつくのは、男23名中11名、女20名中13名。
他は消息不明。
今回出席は、各7人、合計14人先生を含めて15人だった。
この人達とは、40年以上前の一年間あの教室で一緒に過ごした。
卒業アルバムを見ると、セピア色に染まった教室や校庭、生徒達の顔が懐かしさと共に蘇るのだ。
このところ小学校や中学校、高校のクラス会が何十年ぶりに開かれている。
約半数は、消息がつかめない。
亡くなった者も何人か出てきている。
時間は有るのでクラス会の連絡をもらうと出席はしているのだが、いつも違和感を感じ「もういいかなあ」と思う。
昔の仲間のあの空間に出会えれば青春が戻って来るような気がして出席するのだが。
実際は、そんな甘美な奇跡は起きない。
卒業後、何十年間のあいだに環境や境遇が大きく離れ、共通点が余りにも少なくなっているのだ。
「時空を超えてあの日に帰りたい」との想いがこのところのクラス会の多さの理由かもしれない。
それは無意識に我々に残された時間が少ない事を感じ取っているからなのだろうか。
