出かけた先に神社や寺院があったりすると、ついでと言っては何だけれど賽銭箱に何がしかのお金を入れ願をかけ、お詣りをする。
若い時は、付き合いで神社に行っても、見ているだけで何もしなかった。
しかし、そんな態度をとっていても、良い事があるわけでもなく、気持ちがいい訳でもないので素直に手を合わせるようになってきた。
神様を信じているとかでは無く、何かに祈る気持ちが大切で、神をも恐れない態度というのは良くないと気づいたからだ。
良く考えると何に祈っているのだろう。
出雲大社は天照大御神、明治神宮は明治天皇夫妻、靖国神社は戦没者、東郷神社は東郷元帥、氷川神社は萬自然と祀られている対象はいろいろではあるが、意識して祈っているわけではない。
不思議である。
神道には、本書に有るように創造神も開祖も教義も救済もない。
それでは、この日本固有の伝統的な自然宗教とも言える神道とは何か。
著者の島田裕己は、オーム真理教事件に時々出てくる宗教学者だ。
ここで島田は、一般に宗教というのは救いを求める、例えば病に陥った時、あるいは死が近づいた時に一心に仏やキリストにすがるのであるが神道は違うという。
人々は、神社に祀られている対象が救いをもたらすとは考えていない。
祈るというより無心になる行為だという。
確かに初詣で明治神宮に行って明治天皇に助けを求めてはいない。
何かしらの禊をしたいのかもしれない。
本書では、仏教やイスラム教と対比し神道とは何かを探る。
こちらは、創価学会や天理教、霊友会、立正佼成会などの10大新宗教のルーツや歴史、教祖の素顔などを鋭く
解説している。
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