ヴィパッサナー瞑想に参加した時に
教わったこと。
人を苦しめるものが3つあると。
・渇望
・執着
・嫌悪
渇望は、
あれが欲しいとか
これ食べたいとか
あの人と付き合いたいとか
度を越した欲望です。
執着は、
未練でもあるかなー。
自分の家族が思い通りにならないのに
言うこと聞かせようと諦めない。
これって執着はされる方も苦しい。
この2つは、
もちろんまだまだだけど、
まあまあなんか、
いいや、
なるほど、
と思える。
別にブランドものバッグじゃなくても
星付きレストランのディナーじゃなくても
大金持ちじゃなくても
まあ、
うんうん。
普通に
渇望と執着なく
幸せを感じられてる。
でもまだ執着あるかなー。
以前のライフスタイルのような
楽で便利で気持ち良い感じ。
否定しないけど
そこでそこまで苦しんでるかは分からない。
私の苦しい理由は
だいたい
嫌悪感。
あんな人間あり得ない。
こんな考え方おかしい。
こんなことされてぶち切れそう。
とにかく嫌だな、
と思う感情が
人より多そうだし
コントロール難しい。
…と思ってた。
そしたら、
先日
すごーーーく嫌なことがあって。
気にしない人は
そんなに気にしないのかも。
でも私は傷ついたし
悔しかったし
泣いたし
もー
腹立たしい
怒りが収まらない
…そんな感じのこと。
でもそれって、
普段私が言ってたことの
裏返しだった。
私が何となく嫌悪感というか
むしろ見下してたのかなー。
そしたら逆の立場になったような。
落ち着いて考えたら
起こるべくして起こった気がした。
でも許せん、
あいつら。
と、怒りは
微妙に消えず。
そうしたら今日。
それを聞いた友達が、
慰めのカードとチョコレートを
送ってきてくれた。
ひどい経験をしたけれど
元気出して、みたいな。
すごく、すごく嬉しくて。
そして思い出した。
この人達と
以前にこんな話をしてた。
私は
被害者にも落ち度あるかもだし
なんとも…
という立場。
彼らは
そんなことあってはならない、
許されない、と。
今回は、
わたしがまさにその被害者。
あの時と一貫して
彼らは
被害者の、
弱いものの味方。
寄り添ってくれた。
嬉しかったなんてもんじゃない。
一生このことは忘れない。
わたしは
以前の自分の考え方や発言が
恥ずかしくなった。
もちろん色んなケースがあるけど
少し人の心が分かるようになったかと。
そして偏見が消えて
そういう偏見(って、結局は嫌悪感)自体が
間違っていたんだなと
反省。
他にも嫌悪感を抱いてることは
沢山あるけど
見方を変えれば
実は
わたしが間違ってる
ってことを
正していきたいな。