昨日のチョ・ソンジンのコンサートについては、言葉を失ったから言葉少なにします・・と昨夜の投稿に記したとおりで、昨夜はとても多くを語れるような状況ではありませんでした。
胸が一杯・・という言葉は昨夜のような音楽に接したときに使う言葉なのかもしれません。
ラヴェルは「水」でした。
川の上流の水の飛沫がキラキラ輝くような清流の水。
いたるところできらめくように飛沫が舞い上がります。
もちろん難度でいえば最上級の難度の夜のガスパールもスタートは水です。
なにしろ第1曲はオンディーヌ(水の精)ですから。
第2曲の絞首台では、チョの寡黙ながら強い音がとても効果的。
アクロバティックな要素はないのに聴衆を全集中させてしまう彼自身の集中力も桁外れでした。
転じて第3曲のスカロボでは超絶技巧を惜しみなく披露してくれます。
スカロボを舞台で採りあげようとするレベルのピアニストの演奏が破綻することはそうそうないのですが、ここまで傷のない演奏はそうあるものじゃありません。
前半のラヴェルだけで小1時間。
ここまででも十分満足させていただきました。
このあとのリストはロ短調ソナタでも十分ですが、なんと巡礼の年第2年。
ロ短調ソナタならともかく第2年は1時間ほどかかるので、本編だけでも今日は正味2時間近くピアノを弾くことになります。
しかも全曲難度高の曲ばかりで2時間とは・・・並々ならぬ自信のなせる業かと。
(ちなみにロ短調ソナタのマイベストはポリーニです)
巡礼の年は、村上春樹さんの小説で採り上げられたことがきっかけでラザール・ベルマンのディスクが当時話題になりましたが、私はメジューエワのディスクを愛聴しています。
その中でも第2年はとりわけ好きです。
もっとも実演で聴くのは初めてです。
まず、最初の音で驚きました。
ラヴェルと全然違います。
ラヴェルが柔なら剛の音です。
川の水も飛沫がはじけ飛ぶといったレベルではなく最後の「ダンテを読んで」では
激流・奔流となりました。
リストの作品はロ短調ソナタがそうですが、夢見るようなとろとろにとろけてしまう音楽と強靭な音楽が次々と場面転換します。
巡礼の年はそれの豪華拡大版といったものと私には思えます。
長大な曲なので、1時間ほどを集中力をもって弾ききることも、聴かせきることも、ともに至難の業です。
それをチョ・ソンジンはやすやすとやり遂げました。
全部、隅から隅まで素晴らしかったのですが、第7曲の「ダンテを読んで」は神ってました。
ミューズがホールに降りてきたコンサートは、ホール全体に「渦」のようなものが生まれます。渦の中心は指揮者だったりピアニストだったり様々ですが、今日はステージのチョ・ソンジンが渦の中心で、ホールの2000人がその渦の中心に吸い込まれていくような特別な空気が生まれました。
昨日も書きましたが多くの聴衆は「今、特別なことが起きている」ということをしっかり感じ取っていたと思います。
その特別なことは、椅子を30cmくらい後ろに動かすほどの(椅子が床にこすれるギーっという音がしました)、チョの強烈な打鍵で完全終止となりました。
その後の聴衆の興奮は昨日記したとおりです。
ああいう場(演奏も終演後の拍手喝采の両方です)にいられたこと自体幸せなことです。
チョ・ソンジンがさらにさらに凄いな・・と思わせてくれたのは、アンコールのトロイメライ。
ついさっきまであれほどの興奮を巻き起こしたピアニストが、なんと端正で静謐な音楽を奏でてくれたことか・・・。
よくぞこれだけのギアチェンジができるものだと感心するばかり・・・。
そして最後は英雄ポロネーズで来場したお客さんの胸に「今日は本当によい音楽を聴けた!」という記憶をしっかり刻み込んでくれました。
一夜明けましたが、起きてからも昨日の夜の夢の続きにいるようです。
今朝、東京の庭廻りをしたらダンシングパーティー(アジサイ)が咲いてました。
一部花が揃ってないのでパーティ欠員あり・・という感じですが、まあ可愛い花ですね。
去年一目惚れして購入したアジサイです。