私と出会った頃の妻の記憶は「とにかく、あなたはいつでもマーラー9番を聴いてた。本当に9番漬けだった。9番が始まると私の存在すら消えて音楽に入ってた」というものです。

(私の認識としてはリアリー?・・・ですが・・・あり得そうな話ではあります)

 

最近、また9番漬けが始まっています。

コロナ禍以来、マーラーが少ししんどくなりシューベルトばかり聴いていましたが、「9番漬け再び」の発端は、いよいよ10日後にせまったカーチュン&日本フィルの9番が迫ってきたからです。

 

昨年のカーチュン&日本フィルのマーラー3番はいろいろなベスト10企画でかなり上位に入っていましたが、本当に素晴らしいものでした。

「本当に素晴らしいものでした」では全く足りないくらい・・素晴らしいものでした。

いよいよ彼の9番に接することができると思うと、ここ最近の私の心の中はいつもマーラー9番です。

 

アルバン・ベルクが9番の1楽章のスコアを読んで、その高みに言葉を失ったということをどこかで読みましたが(おそらくレコ芸)、単なる音楽愛好家の私でも1楽章と4楽章の「高み」は分かる気がします。

 

異論を恐れずに私の9番の位置付けを記させていただきます。

ここに記すことは実はとうの昔の20代に私の中で形成されたものです。

若杉さんのチクルス、シノーポリのチクルス、インバル&フランクフルト、ベルティー二&ケルンといった30年以上前にサントリーホールでこれでもかというくらい熱い演奏が繰り広げられた(シノーポリのチクルスは芸術劇場)時代を経て私が感じ取ったものです。

 

マーラーは2番から6番まで、特に5番、6番、7番は様々な葛藤がありそれを音にしてきたのだと思います。

葛藤フェーズに入る前の1番の青春の初々しさは格別ですね。

1楽章でなかなか目覚めないくせに、終楽章で「これが憧れってもんだ!」と切々と二度も(しつこく)歌ってから「これが俺の青春で愛の全てだ」と本音全開というところ「すがすがしいたりゃありゃしない」って感じです。

 

その後、葛藤時代を経て突然7番の5楽章で吹っ切れました。

ただ、メチャメチャ無理がある「だって楽しいじゃん」(本当に楽しいと思ってるの?)という吹っ切れかたでした。

秋のバッティストーニ&東フィルの7番は「それでいいじゃん」っていう演奏をしてくれそうで、それはそれでとても楽しみです。

 

8番は、現世における吹っ切れた感の集大成という感じが私はします。

7番終楽章のかりそめの吹っ切れから、本当に現世で辿り着けるピークを目指したのが8番だと思います。

8番の終結部の「神秘の合唱」は、現世という視点で見ると、これ以上ないくらい崇高であるとともに生きることへのピュアな憧れの集大成のような音楽だと私には感じられます。

 

9番の1楽章は混沌、葛藤が行き来し、最後の4楽章で私は「マーラーは彼岸をみたんだなぁ」と感じました。

8番までは現世の音楽なんです。

9番4楽章はあの世の音楽になったわけではなく、現世から彼岸を見る音楽だと私は思います。

9番の4楽章に触れると、私はマーラーは生きているけど、その先が見えているとしか思えないのです。

 

では10番アダージョは何なのか?

私が初めて10番を聴いたのはザルツブルク音楽祭と記憶していますが、アバド&ウィーンフィルのFM放送です。

カセットテープに録音してどれほど繰り返し聴いたことか・・・。

10番は1番から9番を相当聴き込んでから初めて聴きましたが、演奏もよかったのだと思いますが、ともかくアバドの演奏に惚れ込みました。

私は「9番は現世から彼岸を見ている」と感じていたので、10番で「彼岸に突入してしまった」と感じた・・ということではなく、彼岸をとおりこして「ああ、マーラーは宇宙に行っちゃたんだ」と思いました。あのアダージョの主題は私には「宇宙」を感じさせる音楽でした。「あんたは宇宙に行ったんかい?」と言われたら、もちろん行ってません。でもあの音楽のスケールは地球レベルでは収まりません。

 

9番の4楽章は現世における最高峰の表現の結集だと思います。

カーチュン&日本フィルを機縁にマーラー再びになっている私ですが、9番のベストはいまだにカラヤン&ベルリンのセッションではなくライブ盤です。

えっ、バーンスタイン&ベルリンじゃないの??とおっしゃるそこのあなた。

その気持ち分かります。

対極の演奏だと思います。

トップ2を挙げろと言われたらカラヤンとバーンスタインです。

でもベストと問われたら迷わずカラヤンです。

私はカラヤン派かバーンスタイン派かと問われたら確実にバーンスタイン派です。

でもなぜカラヤンか?

スピーチに例えると分かりやすいです。

情熱を込めた熱いスピーチ。

静かだけどひたひたと心を打つスピーチ。

どちらが心を打つのか?

そういうことです。

興味ある方はベルリンフィルにまつわるカラヤンとバーンスタインの確執を調べてみてください。

 

そんな私が今聴いているのはカラヤンでもバーンスタインでもありません。

私の9番の第三位のマーツァル&チェコフィルの9番です。

マーツァルはチェコフィルに就任したものの5年ほどで去ったと思います。

マーラー全曲もなりませんでした。

今、調べたら昨年2023年暮れに亡くなっていたんですね。

「のだめカンタービレ」のヴィエラ先生役で出ていらっしぃました。

マーツァルの9番、マーツァル渾身の作品です。

彼は20年くらい前に、葬儀ではマーラー3番(9番の誤記ではなく3番です)の終楽章を流してほしいとインタヴューで語っていました。

希望がかなえられていますように。

 

マーツァルのご逝去に接し、海の写真を・・・

マーラー全集、道半ばとなったこと残念に思うとともに、素晴らしい音楽を届けてくださったことに感謝。

私は今日もあなたのマーラー9番を聴いてます。