私が30歳の頃、彗星のように現れたのがジュゼッペ・シノーポリでした。

初めて聴いたのはCDのマーラー5番。

スコアを手に聴いたわけではありませんが「解析」という言葉がよぎりました。

とにかく解像度が高く、でも無機質の対極のとてもエモーショナルな表現。

熱くなるところは瞬間的にグッとアクセルを踏み込み、歌うところは心の歌を聴かせてくれる、これまで聴いたことのないマーラーでした。

 

シノーポリは正確な情報かどうかよくわかりませんが(読むたびに変わるから)心理学と脳外科(心臓外科という記事も読んだ記憶あり)の資格を有するのか、専攻していたのか定かではないものの医的な分野にも造詣が深かったようです。

それがゆえにクールなイメージもあったようですが、たしかに「解析」という要素はたぶんにあるものの、スイッチが入ったときの激情も人並外れたものでした。

他方で繊細な表現も極めており、例えばプッチーニのマノン・レスコーのディスクなど最たるものです。そんなわけで、私にはとても人間的な指揮者という印象が強いです。

私のイメージを言葉にすると「かなりヤバめの熱い人」といったところです。

ヤバイというのは、並みの人ではないという趣旨の誉め言葉です。

私にとってシノーポリは全然クールではありません。

熱いというより激しい人という方が近いかもしれません。

 

シノーポリのマーラーは、レコ芸の名盤投票みたいなものでは圏内には入るもトップランナーにはならないといったところでしたが、私にとってシノーポリのマーラーは30年ほど経過しますがいまだにトップランナーです。

 

全集はどれも快心の演奏を聴かせてくれますが、やはり最初に聴いた5番、そして2番復活はとりわけ素晴らしいと思います。

サントリーホールの2番、東京芸術劇場杮落しの全曲演奏会も聴きましたが、CDで実演レベルの感銘を呼び起こしてくれる稀有な演奏を残してくれたこと、とても感謝しています。

マーラー2番が全集でどのようなカップリングになっているのか存じ上げませんが、オリジナル2枚組のカップリングは1枚目を再生すると歌曲から始まります。歌曲が終わって。・・・突然、例の激烈な主題が始まります。

これが、もうたまらなくいいんです。

私は、この流れが刷り込まれてしまっているので、シノーポリの復活を聴く時、歌曲と飛ばして1楽章から、なんてことは絶対にやりません。

歌曲が終わって、ザラザラした弦が一瞬にして空気を不穏なものに変え、そこに切り込むようにあのゴリゴリの主題が入ってくる・・・電車の中で、今、これを書きながらも「あー、今すぐ聴きたい」と思ってしまうほど「カッコイイにもほどがある」演奏です。

 

シノーポリの2番の実演を初めて聴いたのはサントリーで、エンディングの一小節は(ショルティの投稿に譜面を載せているのでご参照)、無惨なほどグシャグシャでした。要するにアンサンブルが崩壊しました。レコーディングなら皆が苦笑いして「やらかしちゃったね。やり直しか・・」となるレベルでしたが(NHKでも放映されました。商品化されないのはこのラストが問題??私は録画しましたが、なんとベータで録画したので再生不能です)、全曲を最初から聴いた私はむしろ感動しました。この曲の最後は、崇高なまでの盛り上がりの到達点として最後の1小節につながるのですが、そこに至るまでのもろもろの感情を叩きつけたらこうなっちゃった・・・という感じで、私は先にしるしたとおり心が震えました。まさに「ヤバめの熱い人」でした。

 

30年ほど前、私が名古屋に仕事で行った日の夜に、愛知県芸術劇場がオープンほやほやでネヴィル・マリナーが振っていました。その同時刻に県民会館(市民会館だったかも?)みたいなところでシノーポリがフィルハーモニアを振りました。

もちろん県民会館?に行きました。

演目の前半は忘れましたが(こうやって忘れちゃうのが残念でブログを始めた・・ということもあります)後半の英雄・・・今でも忘れられません。

英雄が好きと言う人に「英雄の中で各楽章の好きな順をつけるならどういう順になりますか?」と問えば、おそらく3楽章は最下位になるのでは??

3楽章が悪いという意味ではなく、他の楽章があまりに凄すぎるから、そうなるのではないかと思います。

シノーポリの振る英雄の中で、私が一番感動したのは3楽章でした。

あんなリズム聴いたことがありませんでした。

「えっ、3楽章ってこんなにカッコいいの」とワクワクしたことを鮮明に覚えています。

CDで言えばメンデルスゾーンのイタリアの1楽章があのときのカッコよさを彷彿とさせてくれます。

先にマーラー2番は、歌曲を最初から聴いて、その後、2番の1楽章という流れが素晴らしいことについて触れましたが、イタリアもオリジナルカップリングの「未完成&イタリア」の順番どおりに聴くことをお薦めします。

「未完成って、こんな怖い音楽なんだ・・・」と打ちのめされた後に、いきなり陽光が燦々と降り注ぐイタリア。

こういうカップリングはシノーポリのアイディアなのかプロデューサーのアイディアなのか知りませんが、一枚のディスクとしてとても素晴らしいものに仕上がったと思います。

 

2001年4月、アイーダの3幕を振っている最中に倒れ逝去。

彗星のように現れ、わずか10年ほどで彗星のように去ってしまいました。

10年間、本当に夢中にさせておいて、よりによってヴェルディの私が一番好きなオペラ「アイーダ」、しかもその3幕で帰らぬ人になるとは・・・

 

才能あふれる指揮者が続々と登場し、一音楽愛好家としては、それはそれで嬉しいかぎりです。

他方で、とうの昔に故人となってしまわれましたが、ショルティやシノーポリのような他の誰とも異なる強い個性をもった魅力あふれる指揮者の実演にご存命中に接することができたこと、たくさんの音源を残してくれたことの幸せをかみしめてます。

 

シノーポリに添える花、何がいいかなと考えました。

向日葵はイタリアの陽光のように明るく力強い花です。

でも枯れ始めてるところが、シノーポリの屈折と重なったので

スズメに種をむさぼり喰われたうちの庭の向日葵の残骸を。

(撮影は去年の夏)

シノーポリの超怖い未完成と明るく強いイタリアが1枚のCDで

同居している感じ・・・です。

エゴン・シーレも朽ち始めた向日葵を描いていますが、まさに

ウィーン世紀末、マーラーの音楽に重なります。