プロレス誌について考えた。
売れない売れないと言われながら、今だに抜本的な紙面改革ができていないプロレス誌。ついつい習慣的に買ってしまうものの、最近は読んでワクワクすることがほんとに少なくなりました。ここのブログではすでに何度も触れていることですが、こうして雑誌が売れなくなった原因も、やはり「団体間に垣根がなくなってしまったこと」と深い関係にあると思います。昔、新日と全日が冷戦状態にあった頃は、年に一度、新年のプロレス大賞の会場で所属の異なるレスラー同士が握手してる写真に釘づけになりました。あるいは、当時あり得なかった新日とNWAの関わりをスクープしたような記事を読んで興奮してみたり。たくさんのチームが同じ土俵で戦うプロ野球を横目に、当時のプロレスファンが待ち望んでいた「夢の対決」。でも、実際は団体同士がけっして相容れない関係にあったからこそ、僕らは長い間プロレスへの興味を保ってこれたようにも思う。もし、あの時、猪木と馬場が戦っていたら、とっくに日本のプロレスは無くなっていたかもしれない。リング上はもちろん、雑誌がつまらなくなったのも、団体が違っても「戦おうと思えばいつでも戦える」状況になり、僕らが想像をふくらませる余地がなくなっていったことと無関係ではないと思うのです。
じゃあ、今、マスコミは何をすべきなのか。僕は、純粋に「記者がもっと自由にモノを書けばいいのでは」と思います。紙プロを除く老舗二誌は、今でも団体に気をつかい、そこにあるホンネを隠しながらプロレスを語っている。ダメなレスラーをダメだと言わず、つまらない試合を見て「プロレス界に希望が見えてきた」と書いてしまう。そんなの売れなくて当たり前だと思うのです。僕は団体とプロレス誌の関係をよく知らないのですが、あれって何か双方に金銭的なやりとりってあるんですかね。もし無いんだとしたら、試合レポートなんて別にいらないし、それよりも批評し、ジャッジするものであってほしいと思う。業界を守るために業界をほめるようなそんなスタンスが、団体を甘やかし、雑誌をつまらなくしているのではないでしょうか。
落ち目の二誌とは逆に、最近どこの本屋でもよく見かけるようになった紙プロ。ゴングや週プロが絶対に出来ないようなことをやるその姿勢がファンに受けているのかもしれないけれど、でも「プロレスを批評する」スタンスとしてはもっと他の手法だってあるように思います。いわば、斜めからではなく、もっと真正面から愛を持ってプロレスを斬るような。一番大切なのは、プロレスの面白さを伝えていくこと。そのために、いい悪いをハッキリとモノ申すこと。欲しい情報はパソコンですぐ手に入る世の中だけど、単純に面白ければ、僕らは買うわけで。要は、そこに僕らファンが及びもつかないような、「記者ならでは」の鋭い意見があるかどうかが重要なんだと思います。すぐ時代のせいにする関係者が多いけど、必ずしもそういう問題じゃないと思うんだけどなぁ。
じゃあ、今、マスコミは何をすべきなのか。僕は、純粋に「記者がもっと自由にモノを書けばいいのでは」と思います。紙プロを除く老舗二誌は、今でも団体に気をつかい、そこにあるホンネを隠しながらプロレスを語っている。ダメなレスラーをダメだと言わず、つまらない試合を見て「プロレス界に希望が見えてきた」と書いてしまう。そんなの売れなくて当たり前だと思うのです。僕は団体とプロレス誌の関係をよく知らないのですが、あれって何か双方に金銭的なやりとりってあるんですかね。もし無いんだとしたら、試合レポートなんて別にいらないし、それよりも批評し、ジャッジするものであってほしいと思う。業界を守るために業界をほめるようなそんなスタンスが、団体を甘やかし、雑誌をつまらなくしているのではないでしょうか。
落ち目の二誌とは逆に、最近どこの本屋でもよく見かけるようになった紙プロ。ゴングや週プロが絶対に出来ないようなことをやるその姿勢がファンに受けているのかもしれないけれど、でも「プロレスを批評する」スタンスとしてはもっと他の手法だってあるように思います。いわば、斜めからではなく、もっと真正面から愛を持ってプロレスを斬るような。一番大切なのは、プロレスの面白さを伝えていくこと。そのために、いい悪いをハッキリとモノ申すこと。欲しい情報はパソコンですぐ手に入る世の中だけど、単純に面白ければ、僕らは買うわけで。要は、そこに僕らファンが及びもつかないような、「記者ならでは」の鋭い意見があるかどうかが重要なんだと思います。すぐ時代のせいにする関係者が多いけど、必ずしもそういう問題じゃないと思うんだけどなぁ。