去年と同じように、
この夏もわたし式で息子を迎えて、
無事に送ってやりました。
それと前後して、
2男がスカラシップで海外の学校へ行くので
今朝、空港へ送ってきました。
4か月だけなので、あっという間に時間は過ぎるのでしょうけれど、
なんだかね。
ホントに寂しくなってしまいました。(/_;)
そして昨夜 2男の出発の用意をしている時に、
こんなことがありました。
荷物に入れようとしていた2男の関数電卓が動かないというのです。
「ママン 3男の電卓 まだある?」
息子たちが高校在学当時
2男が更に高度な電卓が要るというので、別の機種に買い替えたために、
2男の古い電卓がお下がりとなって 3男の手に渡っていたのでした。
机の引き出しから出したその電卓は 問題もなく起動しました。
ところが機能をテストしはじめた2男が、無言で画面を眺めているのを見て
私は ハッとしました。
「それって もしかして履歴が残ってるの?」
あの子が生きていた証。
最近の電卓には、履歴が残るんだということも知りませんでしたが、
どんなものでも 彼を感じるものは見てみたい。
最初はどちらかといえば、嬉しいようなサプライズでした。しかし・・・
「コレって、学費の計算してる…」
2男の脇からのぞくと、
たしかに それらしい計算があります。
「こっちは、月割りにしてる」
「コレは、パイトして幾らになるか。」
「これは 家賃の計算」
言われれば、1日の労働量や
12か月の掛かりなどを あらゆる角度から試算しているあとが
何ページにも残っていました。
3男はどうしても 3Dアニメに突出した専門校に行く夢が捨てきれず、
「自分がバイトすれば行ける」
と私に食い下がっていたのですが、
非現実的な要素が多くて
私はすぐに「OK」という言葉は発することなどできないでいたのでした。
前日まで、そのことで話し合い、けれど決して後ろ向きな内容ではなく、
私は翌日からも それを現実化できるように
やることを進めていこうと思っていました。
しかし、3男は絶望と私に対しての怒りを抱えたまま
一人で逝ってしまったのです。
まさかの電卓から
彼の苦悩のかけらが飛び出し度肝を抜かれました。
そしてあわや 眼の奥が緩んでくるのを感じた私でしたが、
大きく息をして その感情は飲み込みました。
ここで涙腺を崩壊させてしまったら、
自分が悲劇の主人公として溺れるだけです。
だから それはNGなのです。
今いちばんしなくてはならないのは、
この事実としっかり向き合うってこと。
自分の本意ではなかったけれど、
実際には息子は 私が何もする気がなかったと思い込んで
失望して死んでしまった。
それは事実なのですからね。
自責の念は常に襲います。
でもその念に押しつぶされるのではなくて、
そのかわりに真摯に生きる努力をして生きてゆくのが
私に課せられた宿題です。
瀬戸内寂聴氏の言葉でいえば、
懺悔をするという生き方ですね。
上がったり下がったり
フラフラはしているけれど、
これが君のお母さんとして私のできること。
私のしなくてはいけないこと。

