多少後付けではあるが私が日本で神社を参拝する理由は歴史を感じられるからだ。神道は元々自然崇拝で岩や川、山や、滝などを信仰していた。そこには文字は必要ない。自然の物はただそこに存在しているだけだからだ。人間は自然と同じ存在であり特に人間と自然との間に違いはない。神道には教義はなく自然崇拝は自然発生したという理念になるのだろう。

 ただし一神教であるイスラム教は自然や人間は神様が作ったものという教義である。特にイスラム教は全知全能の神を人間がその姿形をとらえることは出来ないはずだということでキリスト教のような偶像崇拝もない。

 

 モスクに訪れると、砂漠宗教であるイスラム教は自然崇拝ではないし何もないところでお祈りするには目印が必要ということでモスクがあるのだろうと思った。一日に五回お祈りする際は、大勢でお祈りする姿が有名だ。誤解を恐れずに言えば、イスラム教は考えることを許さない宗教である。とにかくお祈りをしろということで何故お祈りをしないといけないかを考えてはいけない。だから大勢でお祈りすることで考えない雰囲気を作りがちなのだ。これも誤解を恐れずに言うが、イスラム教の世界で最先端の産業を作り上げるのは難しいのではないか。物事を深く考え疑問を持つことをしないと最先端の産業を作り上げることは出来ない。

 

 さて、そんなことを考えながらバーレーンを出港した。次は終日海の上である。船の上で一日過ごさなければならないのでそれなりのエンターテインメントが用意されているが、私は持ち込んだ本を読んでいた。やはり船の中は本を読むのに集中できる。逆に言えばネットが使える環境は本を読むのに都合が悪いのだろう。

 

今回持ち込んだ本はこれである。