早朝早々天理駅に着いた。
実は天理には約三十年前に住んでいたことがある。駅前は良くも悪くも変わってないように見える。もちろん細かくは覚えていないが、駅前の東横INNは背が高くて不釣り合いだ。以下のルートで移動した。
- 三島神社(みしまじんじゃ) 天理教の教祖である中山ミキが天啓を受けた神社らしい。とはいえ天理教の神社ではない。天理教集落の中の住宅地の中にある静かな神社である。
- 天理教 教会本部(神殿) 中山ミキが天啓を受けたのが1838年ということなので江戸時代に天理教が始まったので新興宗教とはいえないし、カルト宗教でもない。知らない人がいるが、天理教があるから天理市という名称になったのだ。
- 石上神宮「(いそのかみじんぐう) 日本最古の神社の一つ。御祭神は石上大神(いそのかみのおおかみ)で、第10代崇神天皇が創建したらしい。
- 山の辺の道 山肌に沿うようにある古道である。ところどころに神社や寺社があり、ハイキングコースにもなっているようだ。舗装されていたりされていなかったりするが装具を履いている足でも歩くことが出来た。基本的に石上神宮から桜井市にある大神神社まで歩いたが、疲れ果てて足が痛くなった。
- 石畳の激坂 坂の途中にトイレがあったので寄らざるを得なかったが、装具をしている足にはちょっと辛かった。マップで見ると迂回路もあったが、足首が曲がらない装具をしている人は半歩ずつゆっくり歩かなければならないだろう。
- 夜都岐神社(よとぎじんじゃ) 周りには広い水田があった。読み方はやつぎとかよとぎとか。
- 大和神社(おおやまとじんじゃ) これで「おおやまと」と呼ぶらしい。山の辺の道から外れ、セブンイレブンで休憩を取ったあとに大和神社に参拝した。戦艦大和に所縁があるとのこと。。歩く人には参道は真ん中を歩くべきではないとか言ってるのに、車で鳥居をくぐってそのまま境内に入れるようになっているのがちょっと違和感を感じたが、神社によってなにかあるんだろう。
- 大兵主神社(穴師坐兵主神社)(だいひょうずじんじゃ・あなしにますひょうずじんじゃ) 相撲神社の奥に鎮座してある。このあたりは柿が有名らしく、ちらほらと無人販売所に柿が販売されていた。
- 相撲神社(すもうじんじゃ) 日本で最初の天覧相撲を開催されたらしい。気づかなかったが穴師坐兵主神社の境内内とのこと。知らなかった。土俵もあるのだが、水色のビニールシートが掛けられていた。
- 檜原神社(ひばらじんじゃ) 案内板とかには桧原神社」と書かれていたり日原神社と書かれていたりしている。どうも時代によって漢字が違うらしい。崇神天皇が天照大神を皇宮の外で祀ったのがこの地といわれているとのこと。三つ鳥居が有名なようだ。
- 大和国一宮 大神神社(三輪明神)(やまとこくいちのみや おおみわじんじゃ みわみょうじん) この日の最期に参拝した神社である。本殿はなく、三輪山をご神体にしている。日本神道は縄文時代などは山や大きな石、滝や大きな木などをご神体にしていた。後の天皇の時代に、天皇を祀らせるには既存の自然の神と一緒にするのが都合が良かったので、日本中に神社があるようになってしまった。
山の辺の道を歩いたが、疲労困憊だった。汗をかくというわけではなく、股関節が痛いので歩くことに痛みが走る。30分以上休憩を取ると大分ましになるが歩き始めると痛くなる。
奈良に来て神仏習合と神仏分離の深刻さに改めて気づかされた。私は神道は自然の中にある霊体を信仰し、仏教は人間の体の中の霊体を信仰していると考えている。神仏習合とはいわば自然と人間の融合である。奈良の地域は神社と寺社をあちらこちらにあり神道と仏教が混在していたのが分かる。
