私が社会人になった時は日本の半導体で世界を牛耳っていた。当時、私は半導体を使用してコンシューマ製品を設計する設計者であった。今風に言うとすれば「アナログコンシューマ」といえる。ちょうど、米国による半導体規制が始まった時である。

 

 今回述べる本は当時の米国による半導体規制の時の日本側の代表者が半導体とのかかわりを記した歴史本である。著者は「松本次生」氏である。著者のことは私は当時知らなかったが、15年ほど前、ちょっと話をする機会があった。そのときも日米半導体摩擦時の日本側の代表者であることは知らなかったが、今回、この本を読むことでちょっと歴史的な事を知ることができた。歴史を知ることは。同じ失敗を繰り返さないための学習として必要なことだ。私も年齢を重ねてきて過去の事例との答え合わせをしたくなったというのもある。

 

 日米半導体交渉において日本が不利な条件を飲まなければならなかった理由は、意思決定が日本はボトムアップであり、米国はトップダウンであるからだろう。半導体摩擦に対し日本は民間で解決しようとしていたのにもかかわらず、米国は政府が後方から支援に入っており、基本的な意志決定自体、米国政府が担っていた。理由は米国の民間が米国政府に泣きついたからだと思う。日本の民間と米国政府であれば日本の民間が負けるのは自明の理である。政府だから強力な規制を賭けることは可能だからだ。最近、日鉄によるUSスチールの買収劇があったが、交渉は民間企業である日鉄と米国政府が行ったものであり、日本政府は後方から支援に入ってはいない。多少のリップサービスをしただけだ。これは日米半導体摩擦を思い出してしまった。日本政府は歴史に学んでいないのではないだろうか。