「シネマの宴」第2回の上映スケジュールですが、
あとちょっとで公開です。
どうして「シネマの宴」を始めたのか。
本当に今更ですが、その動機についてお話
致しましょう。
ワタクシは自主制作映画を撮っていました。はるか昔の
話です。当時、映像関係の学校に通っていたのですが、
その道に進むつもりはありませんでした。卒業式が終わり、
映像学科の生徒教師で飲酒をすることになりました。
進路を聞かれ、「スーパーの保安員になります」と答えました。
「そんなのはいけない」と教師が言う。
「どこが悪い。自分においては仕事内容も給与も十分すぎるものです。
保安員のどこが悪い?」
「そう勝手にさせるわけにはいかない」と教師。
「才能があるんだ。続けなくちゃ駄目だ」と教師。
さんざん煽られて、遂にはその気になった馬鹿な自分です。
とはいえきちんと社会人しながらの映画制作です。ちなみに保安員
にはなりませんでした。
自主制作映画は辛いことばかりだ。何故か出資してくれる方が現れ、
(どうして出資してくれたのか、今になっても解らない。甚だ不明です)
一応、何作か創りました。現在、その作品は残っておりません。
マスターテープは行方不明、ビデオカセット(時代を感じますね)に
移しはしたのですが、その上からテレビの映画を録画してしまいました。
自主制作は辛い。報われないし、映画際に出して賞を取っても、
それっきり。会場を借りて上映する時はフライヤーを1000枚配り、
10人も来ねえんだから笑っちまうわねえ。そんなものです。
仲間はひとり、またひとりと田舎へ帰っていく。最後は「もういいや」
となったわけです。
さんざんやって悔いもないはずですが、やはり残っています。
またやりたいな、という考えが。いつまでも消えないのです。
あの時、こうしていれば、ああしていればと考えたりするわけです。
故、こう思う。あなたに映画を撮る環境(協力してくれる友人や同士がいる)
がある限りは、否、映画を撮る時間を無理矢理にでも作ることが
出来るのであれば、辞めて欲しくはないと。
自主制作映画は辛いですが、商業映画より辛くはないです。
何を言ってるんだと思われるかもしれませんが、商業映画は不自由
極まりない世界です。数字につきまとわれ、あらゆる因果関係の内で
やらなければならない「仕事」です。
ワタクシが自身で望んだわけではないのですが、業界の末端と
いうのか、あらゆる撮影に関係する嫌な仕事をしていたことがあり、
(まあ、最近のことですが)そうした感想、偏見があります。
大変な「仕事」です。まあCMやドラマよりは映画の現場の方が
緩やかというかギシギシしていないのですがね。
つまりは自主制作映画は辛いですが、やりたい放題の世界、
ということです。
予算がなければ、室内ロケをなるだけ避ける、これに尽きます。
物語が宜しくない、であればいくらでも旧い小説を原案にして
やればいい。例えば「マノンレスコー」(多分、こんな題名だと)
のような18、19世紀の小説を参考にしてもいい。
役者が下手、台詞の少ない作品にしてやりゃいい。
予算と技術(機材など)の不足はある程度、工夫で何とかなる
ものです。けっして商業映画の模倣はやめましょう。
娯楽は商業映画に任せて構わないとワタクシは思う。
物語の破綻した映画や前衛芸術は、もはや自主制作でしか
実現叶わないのだから。
確かに課題は映画の制作だけではない。一番の壁は
どこぞかで上映する場合の宣伝である。
プロモーションは制作よりもずっと辛い。
1000枚フライヤー配って10人も来ないこともある。
ひとりも来ねえということもあるだろう。
ここで挫けてしまう人が多いと思う。ただバンドマンを
見てみろ。客がひとりもいないライブも少なくない。
そこから少しずつ客を集めてだな・・・
ワタクシ、バンドもやってました。大分長い間です。
メンバーが事故で亡くなって解散してしまいましたが、
長くやっているとそれなりにいいこともある。
話があっちこっちに向かってしまい、解らなくなってきましたが、
とにもかくにも映画をやる人たちが、少しでも報われたらと
思い「シネマの宴」を始めた。
ファンを獲得してください。あなたの作品を待っている人が
いるっていう事情は、あなたの助けになる。励みになる。
だから先ずは上映しないとね。
まあ、そういうわけなんですがね。
本当に今更ですが、その動機についてお話
致しましょう。
ワタクシは自主制作映画を撮っていました。はるか昔の
話です。当時、映像関係の学校に通っていたのですが、
その道に進むつもりはありませんでした。卒業式が終わり、
映像学科の生徒教師で飲酒をすることになりました。
進路を聞かれ、「スーパーの保安員になります」と答えました。
「そんなのはいけない」と教師が言う。
「どこが悪い。自分においては仕事内容も給与も十分すぎるものです。
保安員のどこが悪い?」
「そう勝手にさせるわけにはいかない」と教師。
「才能があるんだ。続けなくちゃ駄目だ」と教師。
さんざん煽られて、遂にはその気になった馬鹿な自分です。
とはいえきちんと社会人しながらの映画制作です。ちなみに保安員
にはなりませんでした。
自主制作映画は辛いことばかりだ。何故か出資してくれる方が現れ、
(どうして出資してくれたのか、今になっても解らない。甚だ不明です)
一応、何作か創りました。現在、その作品は残っておりません。
マスターテープは行方不明、ビデオカセット(時代を感じますね)に
移しはしたのですが、その上からテレビの映画を録画してしまいました。
自主制作は辛い。報われないし、映画際に出して賞を取っても、
それっきり。会場を借りて上映する時はフライヤーを1000枚配り、
10人も来ねえんだから笑っちまうわねえ。そんなものです。
仲間はひとり、またひとりと田舎へ帰っていく。最後は「もういいや」
となったわけです。
さんざんやって悔いもないはずですが、やはり残っています。
またやりたいな、という考えが。いつまでも消えないのです。
あの時、こうしていれば、ああしていればと考えたりするわけです。
故、こう思う。あなたに映画を撮る環境(協力してくれる友人や同士がいる)
がある限りは、否、映画を撮る時間を無理矢理にでも作ることが
出来るのであれば、辞めて欲しくはないと。
自主制作映画は辛いですが、商業映画より辛くはないです。
何を言ってるんだと思われるかもしれませんが、商業映画は不自由
極まりない世界です。数字につきまとわれ、あらゆる因果関係の内で
やらなければならない「仕事」です。
ワタクシが自身で望んだわけではないのですが、業界の末端と
いうのか、あらゆる撮影に関係する嫌な仕事をしていたことがあり、
(まあ、最近のことですが)そうした感想、偏見があります。
大変な「仕事」です。まあCMやドラマよりは映画の現場の方が
緩やかというかギシギシしていないのですがね。
つまりは自主制作映画は辛いですが、やりたい放題の世界、
ということです。
予算がなければ、室内ロケをなるだけ避ける、これに尽きます。
物語が宜しくない、であればいくらでも旧い小説を原案にして
やればいい。例えば「マノンレスコー」(多分、こんな題名だと)
のような18、19世紀の小説を参考にしてもいい。
役者が下手、台詞の少ない作品にしてやりゃいい。
予算と技術(機材など)の不足はある程度、工夫で何とかなる
ものです。けっして商業映画の模倣はやめましょう。
娯楽は商業映画に任せて構わないとワタクシは思う。
物語の破綻した映画や前衛芸術は、もはや自主制作でしか
実現叶わないのだから。
確かに課題は映画の制作だけではない。一番の壁は
どこぞかで上映する場合の宣伝である。
プロモーションは制作よりもずっと辛い。
1000枚フライヤー配って10人も来ないこともある。
ひとりも来ねえということもあるだろう。
ここで挫けてしまう人が多いと思う。ただバンドマンを
見てみろ。客がひとりもいないライブも少なくない。
そこから少しずつ客を集めてだな・・・
ワタクシ、バンドもやってました。大分長い間です。
メンバーが事故で亡くなって解散してしまいましたが、
長くやっているとそれなりにいいこともある。
話があっちこっちに向かってしまい、解らなくなってきましたが、
とにもかくにも映画をやる人たちが、少しでも報われたらと
思い「シネマの宴」を始めた。
ファンを獲得してください。あなたの作品を待っている人が
いるっていう事情は、あなたの助けになる。励みになる。
だから先ずは上映しないとね。
まあ、そういうわけなんですがね。
最近はnano spaceの「シネマの宴」の話ばかりをしていました。
仕方のないことです。
ワタクシは自主制作映画界をどうにかしたいのです。
どうにかしたいと思って・・・
まあ、それはいいやな。
「エンゼルハート」のレヴューでございます。
果たしてこれをホラー映画として紹介していいものかしら?
例えば「エクソシスト」は誰もがホラー映画と把握しているもの
と思いますが、ワタクシにおいては違います。
「エクソシスト」はホラーではありません。純名作です。
まあ、いいや。
「エンゼルハート」 ミッキーロークとロバートデニーロが
競演というだけで、これがどれだけ奇異なことか解るだろうが。
ミッキローク好きです。あの脂っこい感じは今日の日本女性に
は解らないかもしれないがね。
「エンゼルハート」はミッキ-ロークの最高傑作だとワタクシは考えて
おります。しわくちゃの麻のスーツ、ポマード頭、出てくる女性には
必ずちょっとしたちょっかいを出す好色な振る舞い。
それよりもこの映画の構成は、近年では当たり前になったある構成の
先駆けである。少なくとも自分はそう考える。
アメリカの南部の気配も併せて、ホラーとしてはひどく異色な作品として
ワタクシの記憶には在る。
どんっと驚かせるようなホラーではないし、怖いかどうかも曖昧ですが、
「エクソシスト」と同様に格調めいた気色があり、一度手を出されては
如何かしら?
制作された時代故か、(古典映画でもないし最近の映画でもない故)
映画好きからは忘れられている感はありますが、80年代90年代も
捨てたもんじゃないですよ、え?
仕方のないことです。
ワタクシは自主制作映画界をどうにかしたいのです。
どうにかしたいと思って・・・
まあ、それはいいやな。
「エンゼルハート」のレヴューでございます。
果たしてこれをホラー映画として紹介していいものかしら?
例えば「エクソシスト」は誰もがホラー映画と把握しているもの
と思いますが、ワタクシにおいては違います。
「エクソシスト」はホラーではありません。純名作です。
まあ、いいや。
「エンゼルハート」 ミッキーロークとロバートデニーロが
競演というだけで、これがどれだけ奇異なことか解るだろうが。
ミッキローク好きです。あの脂っこい感じは今日の日本女性に
は解らないかもしれないがね。
「エンゼルハート」はミッキ-ロークの最高傑作だとワタクシは考えて
おります。しわくちゃの麻のスーツ、ポマード頭、出てくる女性には
必ずちょっとしたちょっかいを出す好色な振る舞い。
それよりもこの映画の構成は、近年では当たり前になったある構成の
先駆けである。少なくとも自分はそう考える。
アメリカの南部の気配も併せて、ホラーとしてはひどく異色な作品として
ワタクシの記憶には在る。
どんっと驚かせるようなホラーではないし、怖いかどうかも曖昧ですが、
「エクソシスト」と同様に格調めいた気色があり、一度手を出されては
如何かしら?
制作された時代故か、(古典映画でもないし最近の映画でもない故)
映画好きからは忘れられている感はありますが、80年代90年代も
捨てたもんじゃないですよ、え?