ストリップ童話『ちんぽ三兄弟』
□第48章 おんぶおばけ「こなきじじい」「おばりよん」の巻
ちんぽ三兄弟は、「だっこちゃん」と「ひざまくら」が常連「こなきじじい」の遠い親戚と聞いて、妖怪「子泣き爺」のことを調べ始めた。
ネットWikipedia(欄外添付)によると、「子泣き爺もしくは児啼爺(こなきじじい)は、徳島県山間部などで伝承される妖怪」とある。それは老人の姿だが、夜道で赤ん坊のような産声をあげる。その泣いている子泣き爺を見つけた通行人が憐れんで抱き上げると、体重が次第に重くなり、手放そうとしてもしがみついて離れず、遂には命を奪ってしまうとされている。ところが、昔の書物には子泣き爺の記述がなく、民俗学的観点から見れば子泣き爺という妖怪が存在することは疑問視されている。民俗学者・柳田國男は著書『妖怪談義』の中で、おばりよんや産女に近いものとして、創作されたものではないかと指摘している。
ちんぽ三兄弟は顔を見合わせた。「おいおい、子泣き爺といえば、ゲゲゲの鬼太郎のレギュラー妖怪として有名だよな。正義の妖怪として気に入っていたのに本当はいなかったと言われても困るよな。」
おばりよんは、新潟県三条市に伝わる妖怪の一種。「ばりよん」は「負われたい」を意味する方言。4期ゲゲゲの鬼太郎にも登場する。
夜、藪の中を歩いていると、いきなり「おばりよん」と叫びながら背中におぶさってくる。そしてその体の小ささに似合わずどんどん重くなっていき、簡単に離れなくなるとされる。とても重いが、耐え切って家まで連れて帰ると黄金に変わり富が得られるとか、剛力が得られるなど伝承にはいくつかのバリエーションがある。
「いずれにせよ、ストリップはお触り厳禁。妖怪『子泣き爺』や妖怪『おばりよん』のような、いわゆる‘おんぶおばけ’は劇場には馴染まない妖怪だよな。」
「もうひとつの‘産女’っていう妖怪はなに?」「そういえば、たしか10年以上前に、ロック座の看板だった灘ジュンさんが演目でやっていたのを観たことがあるよ。」「トップダンサーが妖怪ものを演ずるとインパクトが強いよね。」
産女(うぶめ)も日本に古くから伝わる有名な妖怪。妊娠中に亡くなった女性が化けたものだという。姿は女性で、血だらけの腰巻をつけ、小さな赤ん坊を抱いている。道端や川べりに現れ、通行人に「子供を抱いておくれ」と頼む。恐ろしい姿を見たものは大抵逃げ出してしまい、その後は悪寒と高熱にうなされて死んでいく。逆に勇気を奮って赤ん坊を抱くと、赤ん坊はどんどん重くなるが、産女が念仏を唱え終わるまで耐え抜くと産女と赤ん坊は成仏して消える。この試練に耐えたものは怪力を授かったという。
「怪力や富が得られるにしても、こんな妖怪に取り付かれるのは勘弁だなー」
ちんぽ三兄弟がそんな話をしているところに、ストリップわらしこと、ちん吉が口を挟んできた。
「子泣き爺がなぜ生まれたか、ぼくはこう思うよ。
昔の貧しい村落では口減らしのために働けなくなくなった老人は姥捨て山に捨てられた。これが当たり前の風習だったので、たいがいの親はある年齢に達するとそれを覚悟した。ところが、ある家の息子が親を背負って姥捨て山に連れて行く途中、老人が赤ん坊のように泣き叫んだ。殺されたくないから、赤ん坊の真似をしたのかもしれない。たしかに老人は赤ちゃん返りするものだし。しかし、皺くちゃの顔は赤ん坊とは違い可愛くない。連れてきた息子は心を鬼にして老人の泣き声を無視し、そのまま姥捨て山に向かおうとした。すると、どうしても姥捨て山に行きたくない親は息子の身体にしがみついて動こうとしない。息子は親のことを不憫に思い、どんどん老人の身体が重く感じられた。
この体験が語り継がれ、親がある年齢に達してくると、親子ともども、子泣き爺が現れると畏れたのではないだろうか。誰だって自分の親を姥捨て山に連れて行って殺したくはない。それでも食べていけない食料事情にやむなく姥捨て山の風習はあった。姥捨て山は悲しいドラマ(事実)なんだ。
昔のこうした貧しい事情を反映して子泣き爺は生まれたんじゃないかな。
いずれにせよ、子泣き爺は自分の親が化けたものである。親は好々爺の顔をした神の姿である。こうした神を崇める気持ちが妖怪『子泣き爺』を創り上げたものと思えるよ。」
ちん吉の話を聞いていたちんぽ三兄弟もまんこ三姉妹もしみじみ納得した。
「日本の妖怪のことをいろいろ調べると、日本の風土に根付いているものが多く、しんみりとした奥深さを感ずるよね。今回のおんぶおばけ達は人間にしがみつこうとしているけど、人間に触れようとする妖怪は極めて例外で、ほとんどの妖怪は自ら持つ雰囲気のみで怖がらせる奥ゆかしさを感ずる。この点は、人間に襲いかかる海外のホラーものとは随分違うよね。代表的なドラキュラ、狼男、フランケンシュタイン等、全て人間を襲い、激しく血を見るもんね。だから日本の妖怪にはたまらなく日本らしさを覚えるよ。」
それを聞いていた物知りのおじいさんも話に入ってきた。
「ちんぽ三兄弟もずいぶん妖怪通になってきたね。感心!感心!
ところで、ストリップと妖怪の関係について、わしはこんな風に感じている。
これまでの日本にはストリップの独特な文化が定着してきたよね。おそらくこれは、日本の妖怪と同じ感覚なんだと思う。つまり直接触れることはしないで、その雰囲気を味わうという文化だ。
わしは前から、踊り子と客には適度な距離感が必要だと説いている。基本的には、踊り子と客は劇場の中が全てであり、外でお茶したり、食事に行ったりしてはいけないということ。その中には、もちろん身体を触れないということも入っている。この距離感が、人間と妖怪の間にも成立するのではないかな。ほとんどの妖怪が人間に触れてこようとしないなら、人間も妖怪に近づき過ぎるのはよくないんだ。お互いを認め合い、適度な距離感をもって付き合っていけばいい。
今回のコロナ禍では、ソーシャルディスタンス(社会的距離)が大切だと訴えている。ところが本来、人間は身体を触れ合うことで生殖活動を行い、子供とも身体を接触することで愛情を伝えてきた。人間は触れ合う動物だと思い込んでいた。
それに拍車がかかり、国際化により、さまざまな国の人々とも触れ合ってきた。しかも、機械文明の発達に伴い、大量に迅速に触れ合うようになってきた。そのためにコロナ禍はあっという間に世界中に蔓延した。
このことをどうとらえるか。もしかしたらコロナ禍は人間が触れ合い過ぎることを戒めているのかもしれない。また、人間が本来踏み込んではいけない場所に踏み込み過ぎたのかもしれない。少なくとも妖怪は迷惑しているじゃろ(笑)。妖怪とは自然であり神である。こうした全てのものに適度な距離感を保て!と警告しているようにも思える。
今回のコロナ禍はそういうことを再考するいい機会だと考えたい。」
おしまい
【参考】Wikipediaより
子泣き爺もしくは児啼爺(こなきじじい)は、徳島県山間部などで伝承される妖怪
<概要>
民俗学者・柳田國男の著書『妖怪談義』に記述のある妖怪の一つで、本来は老人の姿だが、夜道で赤ん坊のような産声をあげるとされている。
一般には、泣いている子泣き爺を見つけた通行人が憐れんで抱き上げると、体重が次第に重くなり、手放そうとしてもしがみついて離れず、遂には命を奪ってしまうとされている。書籍によっては、子泣き爺は石のように重くなることで抱き上げた人間を押し潰すなどと記述されている。しかし柳田はこうした特徴について、おばりよんや産女に近いものとして、創作と指摘している。
「民間伝承の会」(現・日本民俗学会)の機関誌『民間伝承』第4巻第2号に寄せられた論文「山村語彙」には三好郡三名村字平(現・三好市)の口承として「子供の泣声を真似る怪」と記述されているのみである。
<正体>
徳島県阿南市の郷土史家・多喜田昌裕によれば、伝承地とされる徳島県地方では、実際には子泣き爺の伝説は存在しないことが判明している。一方で徳島の伝説を採取した書籍『木屋平の昔話』には、山中で不気味な赤ん坊の声で泣く妖怪、人間が抱き上げると重たくなって離れない妖怪などのことが記されているため、これらの妖怪譚が一体となって子泣き爺の話が生まれた可能性が示唆されている。
さらにその後の多喜田の調査によれば、『民間伝承』第4巻第2号の口承のあった地では、かつて赤ん坊の泣き声を真似た奇声をあげる実在の老人が徘徊しており、子供にとって非常に不気味な存在だったため、子供を親が叱る際に「(その老人の名)がやって来るよ」と使われていた。そのため、実在の人物であるこの老人が前述のような声の妖怪と結びついたか、もしくは郷土史家による採集結果が柳田國男に報告される過程で、実在の人物であることなどの多くの情報が錯綜・脱落し、さらにおばりよんや産女の伝承が混同された結果として子泣き爺の特徴が形作られた、といった推測もある。
これらの説に基くと、民俗学的観点から見れば子泣き爺という妖怪が存在することは疑問ということになるが、昭和・平成以降では多くの書籍で妖怪として紹介されていることなどから、子泣き爺が一般的に妖怪として認められていることも事実だと、妖怪研究家・京極夏彦は述べている。特に漫画『ゲゲゲの鬼太郎』で主人公・鬼太郎をサポートする名脇役として描かれて以降は、正義の妖怪として一躍有名な存在となっている。
