ストリップ童話『ちんぽ三兄弟』

 

□第42章 妖怪「天狗小僧」と長っ鼻仲間の巻

                                         ~KAERAさん(TS所属)に捧げる~

 

 劇場に、変なやつがやってきた。赤ら顔で鼻が長い。大きな葉団扇を手に持っている。こいつは妖怪「天狗」だなと、ちんぽ三兄弟の妖怪アンテナにピピッと来た。彼はさすがに衣装はふつうのカジュアルウエア。山伏の装束だったり、一本歯の高下駄を履いてまではしていなかった。

「おまえ、どこから来たのか?」とちんぽ三兄弟は聞いた。

彼は「京都の鞍馬山だ。」と答える。

 やっぱり妖怪「大天狗」の子孫なんだな、ちんぽ三兄弟は頷いた。

ちんぽ三兄弟は最近、妖怪ブームなので天狗にもけっこう詳しい。天狗という呼称そのものは中国における凶事を知らせる流星の神格化「アマキツネ」に起源を求めるが、日本の天狗は完全な日本オリジナルなものである。その歴史は古く、平安時代の頃から各地の伝承や文献に登場し、密教や山岳信仰と関わりが深いことから、神通力を得るほどの修験者の成れの果て、極めて強力な怨霊の魔物、山の神といった色合いが濃く、物の怪の類とは一線を画す。つまり、妖怪の中でも格が高いんだな。

しかも、天狗にも天狗社会というのがあり、長い鼻と赤ら顔の天狗は「大天狗」と言われ天狗社会の頂点に立つ。その下に烏天狗や川天狗、尼が堕落した女天狗等がいる。天狗の中で最も地位が低いのが狼が年を経て神通力を得た白狼(木っ端)天狗であるとされ、彼らは上位の天狗の為に薪を売って金を稼いだり、登山する人間を背負う等の仕事をしているといわれている。

 この大天狗は、山の神あるいは修験道の神として信仰の対象となり、それぞれの山の名前を冠した大天狗(とその配下たちの天狗集団)が修験者(山伏)たちによって崇められてきた。江戸時代の密教経典「天狗経」には、日本を代表する48の山の大天狗が列記されている。いまのアイドルAKB48が聞いたら真っ青になる大天狗48がいたわけだ。その中でも、鞍馬山の僧正坊といえば、牛若丸に剣術を教えた鞍馬天狗としてあまりにも有名である。

 

「おまえ、鞍馬山の天狗だな。」とちんぽ三兄弟は語り掛けた。

「先日、お父ちゃんが劇場に観に来て、ストリップをすごく気に入ったんだ。そこで息子のおまえも、ストリップを観て社会勉強して来い!と言われたんだ。」と天狗小僧は答えた。

 ちんぽ三兄弟は、彼のことを天狗の息子だからと天狗小僧と呼んだ。

 

「おまえの長い鼻は大きくて太くて、そそり立っている。おれたちが羨ましく思うほどに立派である。たしかに昔の人が威厳を示すために天狗を高鼻にした理由がよく分かるよ。しかし、その鼻でストリップを観劇していると踊り子さんを悪戯に刺激することになる。劇場では男性性器を露出することは厳しく禁止されているから、その長い鼻は紛らわしい。なんとかできないか?」と、ちんぽ三兄弟はアドバイスした。それを横で聞いていたまんこ三姉妹は「おいおい、おまえたちが偉そうに言える柄か⁉」と内心思ってた(笑)。

 すると、天狗小僧はさっと葉団扇で顔を隠したと思ったら、長い鼻が短くなり、ふつうの赤ら顔になった。それを見て、「OK、OK」とちんぽ三兄弟は喜んだ。

 天狗小僧はかぶり席に座ってステージを真剣に眺めた。天狗小僧の顔が赤くなるのを見て、踊り子さんが面白がって彼に近づく。すると、彼の葉団扇が勝手に動き風を作る。スカートがめくり上がり下着が見える。天狗小僧はアッと叫びながら、ますます赤くなる。

 彼のズボンが大きなテントをはっていた。実は、天狗小僧は長い鼻を下に移していたようだ。テントが破れそうになる。天狗小僧は慌てて劇場から飛び出した。

 

 数日経って、天狗小僧はまた劇場にやってきた。

「今日は、もう一人、友達を連れてきたよ。」と、ちんぽ三兄弟に話しかけた。その友達というのは、なんか木の人形みたいだ。鼻が長い。そう、イタリアの作家カルロ・コッローディの児童文学作品『ピノッキオの冒険』に登場する有名なピノキオだった。「ぼくも、ゼペットじいさんにストリップ劇場に行って大人になってこい!と言われたんだ。」

「おいおい、なんで天狗の友達がピノキオなんだよ?」と、ちんぽ三兄弟は驚く。

「鼻が長い同士で気が合ったんだ。長鼻友達かな。」と笑って答える。

 ちんぽ三兄弟は「ピノキオくんも、場内では長い鼻はまずいよ!」とアドバイスする。「ストリップというのは嘘の世界じゃない。これは現実の世界なんだ。だから、その鼻を短くできるだろ?」

 こうして、天狗小僧とピノキオはかぶり席に並んでステージを眺めることとなった。

 すると、ピノキオのあそこが竹の子のようにどんどんと伸び始めた。もちろん鼻ではない笑。隣では、天狗小僧が必死で自分のテントを抑えていた。

 とうとう二人は恥ずかしくなって劇場を飛び出した。

 

 後ろの席で、鼻の長いおじさんが二人、天狗小僧とピノキオの姿を見て笑っていた。

「あははは、やっぱり若いやつはダメだねぇ~。ストリップは歳をとってから楽しむもんじゃよ。」

 二人は、手塚治虫の漫画で有名なお茶の水博士と猿田彦博士だった。お茶の水博士は鉄腕アトムを作った科学者、サルタヒコも名作『火の鳥』の主要メンバーである。

ちなみに、サルタヒコ(猿田彦)神と天狗の容姿が似ている(鼻が長く、背が高い)事から、天狗と猿田彦は同一視される場合が多い。神楽での「猿田彦舞」は「てんぐの舞」とも呼ばれることが多く、天狗面を付けて舞が行われる。また、猿田彦神は道祖神と同一視されており、神社の例大祭などでの神輿·鳳輦行列の先導を務める場合が多いが、この場合も天狗面が用いられることがほとんどである。

 さすが漫画の神様である手塚治虫は造詣が深い。

「いやいや、手塚治虫はいつも天狗になっていたぞ(笑)。手塚は知っている知識をすぐに人にひけらかしたがるからなぁ~、まぁ一種の教えたがり魔といえるかな。もしかしたら彼は本物の天狗だったのかもしれないな。」と二人のおじさんは手塚治虫を懐かしんだ。

 

                                    おしまい

 

【参考】

■ニコニコ大百科より

 

天狗とは、日本の伝説、伝記上の妖怪のひとつ。鼻が長いことが特徴。本項で記す。

うぬぼれて高慢になることの俗称、またはそのような状態になっている人のこと。「天狗になる」

 

概要

伝説上の妖怪の一種。

共通する基本的な特徴は、山に住み、赤ら顔で鼻が長く、山伏の装束に一本歯の高下駄を履き、手には葉団扇を持ち風を自在に操る。天狗という呼称そのものは中国における流星の神格化「アマキツネ」に起源を求めるが、これらの特徴は完全な日本オリジナル。

歴史

その歴史は古く、平安時代の頃から各地の伝承や文献に登場し、密教や山岳信仰と関わりが深いことから、神通力を得るほどの修験者の成れの果て、極めて強力な怨霊の魔物、山の神といった色合いが濃く、物の怪の類とは一線を画す。

人でなしの事を「外道」と呼ぶが、天狗もやはり「外道」と呼ばれる。これは天狗が仏法における「六道」の何れにも属さない為であり、今昔物語の中でも「幻術は外道の業、天狗を奉ったもの」という話がある。

天狗の登場する古い文献 :

「今昔物語集」(平安時代)

「御伽草子·天狗の内裏(鞍馬天狗)」(室町時代)

「平家物語」(鎌倉時代)

天狗の分類·種類

また、各地に残る伝説·伝承の中には天狗についてのさらに詳細な分類や種類などまで伝わっているものもある。

尤も有名なのは長い鼻と赤ら顔の天狗だが、これは「大天狗」と言い、天狗社会の中でも頂点に立つ天狗の姿であり、その下に烏天狗や川天狗、尼が堕落した女天狗等がいる。

天狗の中で最も地位が低いのが狼が年を経て神通力を得た白狼(木っ端)天狗であるとされ、彼らは上位の天狗の為に薪を売って金を稼いだり、登山する人間を背負う等の仕事をしているといわれている。

バリエーション豊かな天狗の伝承の中には、彼らが神隠しを行う話も多くあり、攫われた人間を探す時は「鯖食った○○やい」と呼ぶとよいとされている。これは天狗は鯖が大変嫌いであり、その人間が鯖を食べた事があると知れば、放り出すと考えられていたからだ。

なお、サルタヒコ(猿田彦)神と天狗の容姿がにている(鼻が長く、背が高い)事から、天狗と猿田彦は同一視される場合が多い。神楽での「猿田彦舞」は「てんぐの舞」とも呼ばれることが多く、天狗面を付けて舞が行われる。また、猿田彦神は道祖神と同一視されており、神社の例大祭などでの神輿·鳳輦行列の先導を務める場合が多いが、この場合も天狗面が用いられることがほとんどである。

大天狗

上述の通り、天狗は山の神あるいは修験道の神として信仰の対象となり、それぞれの山の名前を冠した大天狗(とその配下たちの天狗集団)が修験者(山伏)たちによって崇められてきた。江戸時代の密教経典「天狗経」には、日本を代表する48の山の大天狗が列記されている。またそこから8つを抜き出した「八大天狗」は歌川国芳の浮世絵にも題材として使われているメジャーな存在である。八大天狗には「愛宕山の太郎坊」(愛宕権現。役小角に神験を与えた天狗)や「鞍馬山の僧正坊」(牛若丸に剣術を教えた鞍馬天狗)、「飯綱三郎」(飯綱山の飯綱権現。上杉謙信が信仰した事で知られる)などが含まれる。

実在の人物

実在の人物で天狗と呼ばれた人物として崇徳上皇や後白河法皇が挙げられる。

崇徳上皇は保元の乱で後白河側に敗れ、流罪となった恨みから天狗と化して後世に災いをもたらしたという伝説があり、その後の歴史においてもその怨念があたかも現実化したかのような歴史を辿る(朝廷の衰退と武家の勃興)。

対する後白河法皇も源頼朝から『日本一の大天狗』などと揶揄される。

ちなみに明治改元に際して行われた儀式の中で最後に行われたのが他ならぬ崇徳上皇の怨霊の鎮魂である。

崇徳上皇の怨霊化について記した古い文献:

「保元物語」(鎌倉時代) … 保元の乱について記された軍記物語。作者不明。

「平家物語(治承物語)」(鎌倉時代) … 保元の乱、平治の乱について記された軍記物語。作者不明。

「太平記」(不明) … 末期の鎌倉幕府、建武の新政、室町幕府初期の50年程を記した軍記物語。作者、成立時期ともに不明。

「雨月物語」(江戸時代) … 上田秋成による怪異物語。

「鎮西八郎為朝外伝 椿説弓張月」(江戸時代) … 保元物語、平家物語、太平記を元に記された作:滝沢馬琴、画:葛飾北斎による伝奇物語。

天狗のキャラクターなど

からす天狗うじゅ - 太秦映画村の公式キャラクター。烏天狗

射命丸文 - 東方Projectの登場人物。鴉天狗。

犬走椛 - 東方Projectの登場人物。白狼天狗。

姫海棠はたて- 東方Projectの登場人物。鴉天狗。

山ン本 - 漫画「うしおととら」の登場人物。東日本の妖をまとめる「東の長」。大天狗。

黒天狗党 -アニメ「飛べ!イサミ」に登場する秘密結社と以下の登場人物。

芹沢鴨之丞 -黒天狗。(テン·グー星人セリ·カーモン)

芹沢ルリ子 - 鎧天狗。(黒天狗四天王)

東上別府鷹丸 からくり天狗。(黒天狗四天王)

田能久健 -  銀天狗。(黒天狗四天王)

印堂陽 - ゴールデン天狗。(黒天狗四天王)

春華 - 漫画「tactics」の登場人物。鬼喰い天狗。

スギノ - 漫画「tactics」の登場人物。白天狗。

くぼてん - 福岡県豊前市のカラス天狗祭りの公式キャラクター。1591年生まれで祖父はインド神話のガルーダ(カラス天狗)

きょうこ - 福岡県豊前市のカラス天狗祭りの公式キャラクター。1596年生まれで祖父はインド神話の迦楼羅(カラス天狗)

羽鳥 - 漫画「CHŌKOビースト!!」の登場人物。

飛鳥 - 漫画「CHŌKOビースト!!」の登場人物。

ヤクザ天狗 - Twitter翻訳小説「ニンジャスレイヤー」の登場人物。彼は狂っていた。

今剣 - ブラウザゲーム「刀剣乱舞」の登場人物。

 

■出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

 

天狗(てんぐ)は、日本の民間信仰において伝承される神や妖怪ともいわれる伝説上の生き物。一般的に山伏の服装で赤ら顔で鼻が高く、翼があり空中を飛翔するとされる。俗に人を魔道に導く魔物とされ、外法様ともいう。

 

由来[編集]

 

 

『山海経』より「天狗」

元々天狗という語は中国において凶事を知らせる流星を意味するものだった。大気圏を突入し、地表近くまで落下した火球(-3〜-4等級以上の非常に明るい流星)はしばしば空中で爆発し、大音響を発する。この天体現象を咆哮を上げて天を駆け降りる犬の姿に見立てている。中国の『史記』をはじめ『漢書』『晋書』には天狗の記事が載せられている。天狗は天から地上へと災禍をもたらす凶星として恐れられた。

仏教では、経論律の三蔵には、本来、天狗という言葉はない。しかし、『正法念處經』巻19[1]には「一切身分光燄騰赫 見此相者皆言憂流迦下 魏言天狗下[2]」とあり、これは古代インドのUlkā(漢訳音写:憂流迦)という流星の名を、天狗と翻訳したものである。

日本における初出は『日本書紀』舒明天皇9年2月(637年)、都の空を巨大な星が雷のような轟音を立てて東から西へ流れた。人々はその音の正体について「流星の音だ」「地雷だ」などといった。そのとき唐から帰国した学僧の旻が言った。「流星ではない。これは天狗である。天狗の吠える声が雷に似ているだけだ」

飛鳥時代の日本書紀に流星として登場した天狗だったが、その後、文書の上で流星を天狗と呼ぶ記録は無く、結局、中国の天狗観は日本に根付かなかった。そして舒明天皇の時代から平安時代中期の長きにわたり、天狗の文字はいかなる書物にも登場してこない。平安時代に再び登場した天狗は妖怪と化し、語られるようになる。

付会と俗信[編集]

 

 

歌川国芳筆。「競(くらぶ)れば、長し短し、むつかしや。我慢の鼻の、を(置)き所なし」という歌だ。[3]

空海や円珍などにより密教が日本に伝えられると、後にこれが胎蔵界曼荼羅に配置される星辰・星宿信仰と付会(ふかい)され、また奈良時代から役小角より行われていた山岳信仰とも相まっていった。山伏は名利を得んとする傲慢で我見の強い者として、死後に転生し、魔界の一種として天狗道が、一部に想定されて解釈された。一方、民間では、平地民が山地を異界として畏怖し、そこで起きる怪異な現象を天狗の仕業と呼んだ。ここから天狗を山の神と見なす傾向が生まれ、各種天狗の像を目して狗賓、山人、山の神などと称する地域が現在でも存在する。

したがって、今日、一般的に伝えられる、鼻が高く(長く)赤ら顔、山伏の装束に身を包み、一本歯の高下駄を履き、羽団扇を持って自在に空を飛び悪巧みをするといった性質は、中世以降に解釈されるようになったものである。

事実、当時の天狗の形状姿は一定せず、多くは僧侶形で、時として童子姿や鬼形をとることもあった。また、空中を飛翔することから、鳶のイメージで捉えられることも多かった[4]。さらに驕慢な尼の転生した者を「尼天狗」と呼称することもあった。平安末期成立の『今昔物語集』には、空を駆け、人に憑く「鷹」と呼ばれる魔物や、顔は天狗、体は人間で、一対の羽を持つ魔物など、これらの天狗の説話が多く記載された。これは1296年(永仁4年)に『天狗草紙(七天狗絵)』[5]として描写された。ここには当時の興福寺、東大寺、延暦寺、園城寺、東寺、仁和寺、醍醐寺といった7大寺の僧侶が堕落した姿相が風刺として描かれている。これら天狗の容姿は、室町時代に成立したとされる『御伽草子・天狗の内裏』の、鞍馬寺の護法魔王尊あるいは鞍馬天狗などが大きな影響を与えていると思われる。

『平家物語』では、「人にて人ならず、鳥にて鳥ならず、犬にて犬ならず、足手は人、かしらは犬、左右に羽根はえ、飛び歩くもの」とあり、鎌倉時代になると、『是害坊絵巻』(曼殊院蔵)を始めとする書物に、天台の僧に戦いを挑み、無残に敗退する天狗の物語が伝えられるようになる。また、林羅山の『神社考』「天狗論」、また平田篤胤の『古今妖魅考』に、京都市上京区に存在する「白峯神宮」の祭神である金色の鳶と化した讃岐院(崇徳上皇)、長い翼を持つ沙門となった後鳥羽上皇、龍車を駆る後醍醐天皇ら、『太平記』に登場する御霊が天狗として紹介される。

 

 

天狗の絵(春日町兵主神社)

『吾妻鏡』天福2年(1234年)3月10日条の記述には、「2月頃、南都(奈良)に天狗怪が現れ、一夜中にして、人家千軒に字を書く(「未来不」の三字と伝えられる[6])」と記述されている。『吾妻鏡』では、彗星に関する記述も多く記載されているが、この天狗の記述(13世紀中頃)に関しては、彗星ではなく、別の怪異(けい)と認識していたことが分かる。外観についての記述はないが、字を書けるということは分かる内容である(一夜にして千軒の家に字を書くことが、人ではなく、天狗の所業と捉えられた)。

天狗は、慢心の権化とされ、鼻が高いのはその象徴とも考えられる。これから転じて「天狗になる」と言えば自慢が高じている様を表す。彼等は総じて教えたがり魔である。中世には、仏教の六道のほかに天狗道があり、仏道を学んでいるため地獄に堕ちず、邪法を扱うため極楽にも行けない無間(むげん)地獄と想定、解釈された。

天狗の種類[編集]

前述のように、天狗が成立した背景には複数の流れがあるため、その種類や姿もさまざまである。一般的な姿は修験者の様相で、その顔は赤く、鼻が高い。翼があり空中を飛翔するとされる。このうち、鼻の高いのを「鼻高天狗」、鼻先が尖ったのは「烏天狗」あるいは「木の葉天狗」という。

 

 

山伏天狗

種類としては、天狗として世にあだなし、業尽きて後、再び人身を得ようとする「波旬」、自尊心と驕慢を縁として集う「魔縁」と解釈される場合もある。

その伝承も各地に伝わっており、変わったものとして、紀州に伝わる、山伏に似た白衣を着、自由自在に空を飛ぶ「空神」、長野県上伊那郡では「ハテンゴ」といい、岩手県南部では「スネカ」、北部では「ナゴミ」「ナゴミタクリ」という、小正月に怠け者のすねにできるという火まだらをはぎとりに現われる天狗などが伝えられる。姿を見た者はいないが、五月十五日の月夜の晩に太平洋から飛んでくる「アンモ」もこの類で、囲炉裏にばかりあたっている怠け童子の脛には、茶色の火班がついているので、その皮を剥ぎにくるという。弱い子供を助けてくれ、病気で寝ている子はアンモを拝むと治るという。静岡県大井川では、『諸国里人談』に、一名を「境鳥」といい、顔は人に似て正面に目があり、翼を広げるとその幅約6尺、人間と同じような容姿、大きさで、嘴を持つ「木の葉天狗」が伝えられており、夜更けに川面を飛び交い魚を取っていたと記されている。また、鳥のくちばしと翼を持った鳥類系天狗の形状を色濃く残す「烏天狗」は有名である。有名な是害坊天狗などもこの種で、多くの絵巻にその姿が残されている。尼がなった「女天狗」や、狼の姿をした狗賓という天狗もいた。

神としての天狗[編集]

神として信仰の対象となる程の大天狗には名が付いており、愛宕山の「太郎坊」、秋葉山の「三尺坊」、鞍馬山の「僧正坊」(鞍馬天狗)、比良山の「次郎坊」の他、比叡山の「法性坊」、英彦山の「豊前坊」、筑波山の「法印坊」、大山の「伯耆坊」、葛城山の「高間坊」、高雄山の「内供坊」、富士山の「太郎坊」、白峰山の「相模坊」などが知られる。滋賀県高島市では「グヒンサン」といい、大空を飛び、祭見物をしたという。高島町大溝に火をつけにいったが、隙間がなくて失敗したという話が伝わっている。鹿児島県奄美大島でも、山に住む「テンゴヌカミ」が知られ、大工の棟梁であったが、嫁迎えのため60畳の家を1日で作るので藁人形に息を吹きかけて生命を与えて使い、2,000人を山に、2,000人を海に帰したと言う。愛媛県石鎚山では、6歳の男の子が山頂でいなくなり、いろいろ探したが見つからず、やむなく家に帰ると、すでに子供は戻っていた。子に聞くと、山頂の祠の裏で小便をしていると、真っ黒い大男が出てきて子供をたしなめ、「送ってあげるから目をつぶっておいで」と言い、気がつくと自分の家の裏庭に立っていたという。

山神としての天狗[編集]

 

 

鳥山石燕『画図百鬼夜行』より「天狗」

 

 

土産物としてもよく見かける天狗の面(鉄輪温泉)

天狗はしばしば輝く鳥として描かれ、松明丸、魔縁とも呼ばれた。怨霊となった崇徳上皇が、天狗の王として金色の鳶として描かれるのはこのためである。また、山神との関係も深く、霊峰とされる山々には、必ず天狗がいるとされ(それゆえ山伏の姿をしていると考えられる)、実際に山神を天狗(ダイバ)とする地方は多い。現在でも、山形県最上郡の伝承にみえる天狗は白髪の老人である。山伏を中心とする天狗の信仰は、民間の仏教と、古代から続く山岳信仰に結びついたもので、極めて豊富な天狗についての伝説は山岳信仰の深さを物語るものである。

山形県などでは、夏山のしげみの間にある十数坪の苔地や砂地を、「天狗のすもう場」として崇敬し、神奈川県の山村では、夜中の、木を切ったり、「天狗倒し」と呼ばれる、山中で大木を切り倒す不思議な音、山小屋が、風もないのにゆれたりすることを山天狗の仕業としている。鉄砲を三つ撃てばこうした怪音がやむという説もある。その他、群馬県利根郡では、どこからともなく笑い声が聞こえ、構わず行くとさらに大きな声で笑うが、今度はこちらが笑い返すと、前にもまして大声で笑うという「天狗笑い」、山道を歩いていると突然風が起こり、山鳴りがして大きな石が飛んでくる「天狗礫」(これは天狗の通り道だという)、「天狗田」、「天狗の爪とぎ石」、「天狗の山」、「天狗谷」など、天狗棲む場所、すなわち「天狗の領地」、「狗賓の住処」の伝承がある。金沢市の繁華街尾張町では、宝暦5年(1755年)に「天狗つぶて」が見られたという。静岡県の小笠山では夏に山中から囃子の音が聞こえる怪異「天狗囃子」があり、小笠神社の天狗の仕業だという[7]。佐渡島(新潟県佐渡市)でも同様に「山神楽」(やまかぐら)といって、山中から神楽のような音が聞こえる怪異を天狗の仕業という[8]。岐阜県揖斐郡徳山村(現・揖斐川町)では「天狗太鼓」といって、山から太鼓のような音が聞こえると雨の降る前兆だという[9]。

また夜中に明かりをつけ飛ばす「天狗の火」の話など、神奈川県津久井郡内郷村(現・相模原市緑区)で夜中に川へ漁に行くと真っ暗な中を大きな火の玉が転がることがある。河原の石の上を洗い清め採れた魚を供えると、火の玉が転がるのが止まる。また投網を打ちに行くと、姿は見えないが少し前を同じく投網を打つものがいる。また大勢の人の声や松明の灯が見えるが誰もいない、これは「川天狗」と称し[10]、川天狗に対して山に住む天狗を「山天狗」ともいう[11]。

「天狗の揺さぶり」の話もある。山小屋の自在鉤を揺さぶったり、山小屋自体までガタガタ揺する。さらには普段住んでいる家まで揺する。埼玉県比企郡では天狗が家を揺さぶるのは珍しくなく、弓立山近くの山入では夜、山小屋を揺さぶる者が居るので窓からそっと覗くと赤い顔の大男がいたので、驚いて山の神に祈り夜を明かしたという話が伝わっている[10]。

特に、鳥のように自由に空を飛び回る天狗が住んでいたり、腰掛けたりすると言われている天狗松(あるいは杉)の伝承は日本各地にあり、山伏の山岳信仰と天狗の相関関係を示す好例である。樹木は神霊の依り代とされ、天狗が山の神とも信じられていたことから、天狗が樹木に棲むと信じられたと考えられる。こうした木の周囲では、天狗の羽音が聞こえたり、風が唸ったりするという。風が音をたてて唸るのは、天狗の声だと考えられた。愛知県宝飯郡にある大松の幹には天狗の巣と呼ばれる大きな洞穴があり、実際に天狗を見た人もいると云う。また埼玉県児玉郡では、天狗の松を伐ろうとした人が、枝から落ちてひどい怪我を負ったが、これは天狗に蹴落とされたのだという話である。天狗の木と呼ばれる樹木は枝の広がった大木や、二枝に岐れまた合わさって窓形になったもの、枝がコブの形をしたものなど、著しく異形の木が多い。

民俗学者・早川幸太郎の『三州横山話』によると、愛知県北設楽郡東郷村出沢の三作という木挽きが仲間8人と山小屋に居たとき、深夜に酒2升を買い、石油の缶を叩いて拍子をとり乱痴気騒ぎをした。すると、山上から石を投げ、岩を転がし、小屋を揺さぶり、火の玉を飛ばし、周りの木を倒す音がした。一同は酔いが醒めて抱き合い、生きた心地もしなかった。夜が明けたら木1本倒れていなかった。天狗の悪戯であったという。この話は「天狗倒し」「天狗礫」「天狗火」「天狗の揺さぶり」が一挙に現れたもので興味深い話である。これらの話は大体天狗の仕業とされる代表的なもので、全国津々浦々少しずつ話を変えて伝えられている[10]。

信州佐久稲子(長野県小海町)の山奥に「天狗沢」という所がある。ここに天狗が住み、里へ出て悪事を行うので、天狗を神として祀ったら、それはなくなった。天狗の宮を木霊神社(こだまじんじゃ)と言う[12]。

天狗と猿田彦[編集]

 

 

天狗面をかぶった猿田彦役

面掛行列(御霊神社)

古事記・日本書紀などに登場し、天孫降臨の際に案内役を務めた国津神のサルタヒコは、背が高く長い鼻を持つ容姿の描写から、一般に天狗のイメージと混同され、同一視されて語られるケースも多い。

祭礼で猿田彦の役に扮する際は、天狗の面をかぶったいでたちで表現されるのが通例である。

天狗と迦楼羅(カルラ)天[編集]

天狗は、一説に仏法を守護する八部衆の一、迦楼羅天が変化したものともいわれる。カルラはインド神話に出てくる巨鳥で、金色の翼を持ち頭に如意宝珠を頂き、つねに火焔を吐き、龍を常食としているとされる。奈良の興福寺の八部衆像では、迦楼羅天には翼が無いが、京都の三十三間堂の二十八部衆の迦楼羅天は一般的な烏天狗のイメージそのものである。

高鼻(鼻高)天狗と伎楽面(ぎがくめん)[編集]

日本の古代に大陸より渡来し、推古朝から鎌倉時代初期まで行われていた仮面音楽劇であった、伎楽で用いられた伎楽面の一部に、高鼻の天狗面と鼻などの形状が顕著に類似したものが見られる。また他の伎楽面には、高鼻天狗面同様、目が金色(白目が金色)になったものがある[13]。これらの事から、伎楽面が高鼻天狗(面)の起源であるとする説が唱えられている[13][14]。

なお、一般に伎楽面の顔形は、古代西方世界人(白人)の顔形に影響を受けたものが多いといわれる[15]。その白人的特徴が高鼻天狗(面)に受け継がれているとも考えられる[13]。

研究文献[編集]

井上円了「天狗論」『妖怪玄談』竹村牧男〔監修〕所収(大東出版社、2011.1 ISBN 978-4-500-00745-5)

天狗に因む生物名[編集]

生物の和名として天狗が登場することがある。動物についていえば鼻、または類似器官が突き出た外見に因むものが多い。

哺乳類 - テングザル、テングコウモリ

魚類 - テングハギ、ウミテング、ミツクリザメ(別名テングザメ)

昆虫類 - テングチョウ

植物 - テングクワガタ、テングウチワ

菌類 - テングタケ類、テングノムギメシ

多足類 - ゲジ目、天狗星が髪を食べるために降りる下食時がゲジゲジの語源とされる。

 

■てんぐの鼻が高いわけ

宮崎県の民話 → 宮崎県県情報

 むかしむかし、あるところに、とても物知り男がいました。

 どんなことでもこの男にたずねると、すぐに答えてくれるというのです。

 そこで村一番の長者が、この男を困らせてやろうと思い、

「お前は何でも知っているそうだが、てんぐの鼻がどうして高くなったのか、教えてくれ」

と、言いました。

 すると男は、こわい顔で、

「うーん。こればかりは、だれにも教えられん」

と、言いました。

「まあまあ、そこをなんとか、お願いします」

 長者がわざとていねいにたのむと、男は声を小さくして言いました。

「それでは教えてやるが、だれにも言うなよ。まず庭へ出て、あの高い杉の木にのぼれ」

 長者は男に言われたように、杉の木にのぼりました。

「さあ、教えてくれ」

 長者は、一番低い枝につかまって言いましたが、

「だめだ。もっと上にのぼれ!」

と、男が下からどなりました。

 長者はまた少しのぼって、止まりました。

「このへんなら、いいだろ?」

「いや、もっと上まで!」

 長者は、また上にのぼりはじめました。

 ところがいくらのぼっても、男は、

「もっと上までのぼれ!」

と、言うので、とうとう木のてっぺんまでのぼってしまいました。

 長者はてっぺんの枝につかまって、言いました。

「もう、これ以上はのぼれん。さあ、早く教えてくれ。てんぐの鼻は、なぜ高い」

 すると男は、下から言いました。

「気分はどうだ? まるで、てんぐになったような気がするだろう」

「うん、そんな気もする」

「よし、そんなら自分の鼻をさわってみろ。少しのびていないか?」

 長者は片手をはなして、自分の鼻をさわってみました。

 ところが別に、変わったところはありません。

 そこで、むっとして言いました。

「ばかを言うな。この鼻は生まれつきで、のびるわけがなかろう」

 すると男が、長者に言いました。

「その通り。鼻はみんな生まれつき。てんぐの鼻が高いのは生まれつきじゃ。急に伸びたり縮んだりするわけがない」

「そんなことは、あたりまえだ。ばかにするな」

 長者が腹を立てて降りようとしたのですが、高くのぼりすぎたので、足がふるえて動けなくなってしまったそうです。